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「でも、それを表に出したりしないんです。 それは恰好悪いから。 お姉さまは完璧な自分でいるためなら裸足で焼けた石の上を歩ける方なんですよ」
ヴィクトルは一人呟くジェシーを見ながら目を細めた。
一度目の人生で自分の手を取ることなく死んでいったというオーレリア。 自分が殺したという彼女はどんな姿を見せたのだろうか。
処刑前の罪人というのは大抵が精神的に不安定なものだ。 落ち着いているかのように見えて、簡単なことで精神が崩壊して泣き叫ぶ。
だが、ヴィクトルはオーレリアが泣き叫んで牢屋の中にいたとは思えなかった。
憶測にすぎないが、きっと彼女は胸を張ったまま処刑台へと挑んだのだ。
ヴィクトルは無言のままホールを出ていき、オーレリアの姿を追いかけたかった。 けれど、要人警護の任がある以上、ジョージ王子を放置して私的な理由でオーレリアを追いかけることはできなかった。
そんなヴィクトルの様子を見て、ジョージ王子は困ったように笑っていた。
翌日になってもオーレリアに機嫌は直っていなかった。
表面上、ジョージ王子やレガリア侯爵夫人に対しての態度は変わらずいたが、ヴィクトルには一切視線を向けることがなかった。
怒っている。 それも敵対してやる価値もないというほどにヴィクトルを蔑み、恨んで、怒っている。
「ソレイユ大佐……お姉さまと結婚して上手くやれる自信あります?」
友好使節の歓待にモルドヴァ子爵として加わったジェシーに問われたが、ヴィクトルには今のところ「ない」以外の返答はできなかった。
元々オーレリアに好かれているという気はしないし、面と向かって世界で一番嫌い、とまで言われているのだから感情が自分に向くことはないとヴィクトルも覚悟していた。
しかし、利益の合致で彼女が婚約してもいい、といってくれていたのをまさか自分の発言で怒らせるとは思わなかった。
「だが……利益という点では俺よりもジョージ王子と結婚した方が大きいだろう」
その言葉にジェシーは表情をゆがめた。 両手で持ったハンドバッグを握りながら、唇を尖らせてヴィクトルを見上げて、ジェシーは怒ったような口調で言った。
「ソレイユ大佐はお姉さまの一番なんですよ!」
「……嫌いという意味でだが」
「好きでも嫌いでも、お姉さまの一番になったんですよ!」
私は三番なのに、とふてくされてそっぽを向いたジェシーの気持ちが分からなかった。
好きの一番ならうれしいのも当然だろうが、嫌われているという意味での一番になんの意味があるか分からなかった。
「お姉さまの好きの一番はずっと自分。 これは動かせっこないです。 けど、嫌いの一番は今まで誰もいなかったんです」
可愛らしく唇を尖らせている姿は淑女として少々はしたなくはあるが、十五歳という年齢を思えば年相応の少女らしい愛らしさがある。
しかし、彼女は肉体的にはあくまでも男だ。 おまけに昨日のオーレリアの反応を見るに男の中でも力強い部類らしい。
ジェシーはオーレリアの一番であるヴィクトルがうらやましい、と溜め息をついていたが、そこに開けたままのドアをノックしてレイ中尉が入ってきた。