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告げられた内容にオーレリアは確かに、と思った。
ジョージ王子の言うことは正しい。 アウローラ王国内での英雄との結婚で家名の名誉を復興することはできるが、領国の和平の証として結婚すれば、ロスタン伯爵家の名はアウローラ王国内の歴史に残る。 それどころか、仮に伯爵家そのものを養子によって継がせることになっても王妃を輩出した名門として残ることになる。
だが、それに対して異議を唱えたのは意外にもロランだった。
「国内で既に発表が知らされているロスタン嬢が他国へ嫁ぐとなれば民衆の反発は避けられますまい」
そうなのだ。 貴族同士の婚姻であれば利益を優先して婚約破棄が行われることもままあるとはいえ、平民出身の英雄を捨てて他国の王族に嫁いだ、となれば民衆はオーレリアを売国奴として憎むだろう。
今の王権が無能だからこそ一枚岩の政治体制では民衆感情の暴発を抑え込むというのも現実的ではない。
何よりも、ヴィクトルは中央への発言権を強めるパイプとしてロスタン伯爵家の後ろ盾を欲している。 その彼が婚約破棄に同意するとは思えなかった。
オーレリアがちらりと視線をやると、ヴィクトルは少し考えるように口元に手を当てた。
「……それで、アウローラ王国の国益が保てるのであれば、俺は婚約解消に同意するが」
お前はどうなのだ、というようにヴィクトルと視線があったことで、オーレリアは思いきりヴィクトルの頬を叩いた。
貴族令嬢として貴人の前で感情を爆発させるなどあるまじきことだったが、これに怒らなければオーレリアはオーレリアでいられなかった。
「私は駒ではなくてよ!」
自分自身を貴族として、その義務に応じる生き方を課しているオーレリアをして、ヴィクトルの言葉は許せなかった。
怒りに満ちた目を自分に向けるオーレリアを見ながらヴィクトルは硬直し、初めて感情を爆発させたオーレリアにジョージ王子もまた固まっていた。
オーレリアが憤慨してホールを出ていくのを見ながら、ジェシーは呟いた。
「あれは、ソレイユ大佐が悪いですよ」
「女心の分からない方なのねえ」
本人を前にして平気で詰ってくる女性二人の声を聞きながら、ヴィクトルは叩かれて赤くなった頬を手で押さえた。
別に痛みは大したことは無い。 というよりも、八歳の頃に一度目の死を迎えた時からヴィクトルは痛みに対して不感症に陥っていた。 どんな痛みも怒りの原風景が上書きしていき、痛いと感じる感情を置き去りにしてきたのだ。
「追いかけたほうがいいだろうか」
「それを人に聞いている時点で貴方は女心が分かっていませんわ」
「やめた方がいいですね……今のお姉さま、多分、ものすごく機嫌が悪いですから」
オーレリアとの付き合いが長いジェシーは溜め息交じりに呟くと、葡萄ジュースの入ったグラスを給仕から受け取って口元に当てた。
「お姉さまは誤解されがちですけど、繊細な人なんです。 自分が気に掛ける相手の事は大切にもしますし、傷つきもします」
ジェシーはそう呟きながら自分のハンドバッグを撫でた。