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ジェシー本人もよく知っている。 自分はあと数年もすればもっと筋肉がつきやすくなって、背も高くなり、声は低くなって、ひげだって生え始める。 どれだけ足掻いても可愛らしい少女でいられる期間は長くないのだ。
しかし、オーレリアはにこりと微笑んでジェシーの肩に寄り添った。
「もう十年もしたら、ジェシーも立派な貴婦人になりますわ」
男らしくなる、というダイアナに対してオーレリアはあくまでもジェシーが女性として成熟する未来を夢見ていた。
肉体的にどれだけ男に近づこうとジェシーが望む限り自分はジェシーが女でいる手伝いをすると断言するオーレリアにジェシーはぎゅうとしがみついた。
「オーレリアお姉様、大好き!」
その姿は一見すればほほえましいが、男の肉体……さらには生半可な男よりも実は力の強いジェシーに思いきり抱き締められてオーレリアは悲鳴を上げかけた。
意地で悲鳴を噛み殺すオーレリアをかばうように、ヴィクトルが咳払いをした。
「モルドヴァ子爵。 私の婚約者が窒息死しそうなのですが」
「ええ!?」
その言葉に今度はジョージ王子とジェシーが顔をこわばらせた。
ジェシーの力が抜けたことで何とか呼吸を整えるとオーレリアは今度は今にも泣きそうな顔のジェシーに間近に迫られた。
「な、な、なんでですかオーレリアお姉様! お姉様はジェシーが一番好きですよね!」
「友達としてね。 総合順位では一番は私、二番はお父様、ジェシーは三番目」
「三番目ですよ! 三番目なら結婚してもいいじゃないですか!」
「私、女は恋愛対象じゃないもの」
ざっくりと言い切られた言葉にジェシーはよろめきながら後ずさりをした。 ジェシーは間違いなく自分を女だと感じている。 そこは変えられない。 しかし、そんな性別の壁でふられるなど想像さえしてこなかった。
そんなジェシーを励ますようにロランがぽん、と肩に手を添えた。
「失恋は若いうちにしといた方がいい」
年寄りから言われると無駄に重みがある言葉にジェシーはがっくりと肩を落とした。
「……ちなみに、ソレイユ大佐は何位なんですか?」
総合順位の三位までにランクインしていない相手が婚約者、ということに引っ掛かりを覚えたのか、ジョージ王子はちらりとヴィクトルを見た。
「最下位ですわ」
ならなんで婚約を、というのはジェシーが口にするまでもなく全員が心の内で思った。
しかし、ジョージ王子はにこりと微笑みを浮かべるとオーレリアへと向き合った。
「では、私にもまだチャンスはありますね」
ジョージ王子の言葉に再び場が凍り付いた。
「思えば、ソフィアとロスタン伯爵の結婚は平和のカップルといわれたのですから、今回の条約延長に合わせて私とオーレリアが結婚すれば、両国の平和の礎、いいえ、末永い和平の象徴となるはずです。 私との結婚はオーレリアにもアウローラ王国にも利益がありますよ」