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「それで、ジェシー。 貴方、どうしたの? 社交界のシーズン以外は領地で勉強中だったんじゃないかしら」
ジェシーはまだ十五歳。 成人を迎えていない。 肩書としてはモルドヴァ子爵だが、実権は彼女の養母である大叔母が握っている。 その中でわざわざ王都でもなくボンベルメール辺境領の宴席に駆け付けるのは何があったのかオーレリアは気になった。
「表向きは使節団の方々への顔つなぎですが……オーレリアお姉様が親善大使に任命されたとあってもう居ても立っても居られなくって、馬で駆け付けました」
その辺りの行動力は令嬢というより令息よりなのだが、恋する乙女のように頬を赤らめてもじもじとする姿ははた目には確かに愛らしい。
オーレリアより二歳年下だが彼女より背が高いのも肉体が男性だからであろう。
「本当は、もっと前に来たかったんですよ……お姉さまの力になりたくて」
ジェシーが困ったように眉を下げて呟いたのは今年の春にあった王女暗殺未遂事件のことだろう。 容疑者として捕まったオーレリアのために駆け付けたかったはずだ。
「大叔母様が許さなかったんでしょう」
「そうなんです……大叔母様はオーレリアお姉様のことをよく思って無くって。 ひどい誤解です、お姉さまが私を変態にしただなんて」
まあ、男の肉体のジェシーに淑女教育を徹底したのはオーレリアなのだから、大叔母の目線からすれば妥当な判断だが、それでもオーレリアは間違ったことをしたつもりは微塵もなかった。
何故なら、ジェシーは女の子なのだ。 無理矢理ズボンをはかされて男子として教育を受けていた頃のジェシーはべそべそ泣いてばかりの鬱陶しい虫けらだったが、いまドレスに身を包み幸福に微笑むジェシーはオーレリアからして愛らしい。 多くの人は今のジェシーを愛してくれるという確信があった。
もっとも、オーレリアから遠ざけるという名目で領地にこもらされたジェシーが領地内で何をしでかしていようとオーレリアの知ったことではないが。
「それにしても……アルビオンでも、こういう方はいませんでしたわ」
漸く一息ついたのかダイアナは給仕に空になったシャンパングラスを手渡して困ったように微笑みを浮かべた。
「可愛らしい女の子かと思ったら男性で……ふふ、もう何年かしたらもっと男らしくなるわね」
それはダイアナにとってはごく普通の世間話だった。 可愛らしいと言われていた少年が数年もすれば見違えるような逞しい青年になる。 それは素晴らしい成長のはずだ。
そして、その成長を心待ちにするのは大人たちにとって当たり前のことだが、ジェシーには複雑な思いがあった。