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優雅に微笑むダイアナを前にオーレリアは口元に手をやって微笑みながら、ジェシーが乱入してきてくれたことを心より喜んだ。
ジェシーは空気がいまいち読めない子だ。 たまに場を凍らせることもあるが、今回はその空気の読めなさが上手く働いてくれた。
そこへ折よく男同士の会話が終わったのか、ボンベルメール辺境伯ロランがジョージ王子とヴィクトルを連れて来た。
ヴィクトルは警護の担当でもあるはずだが、ホテル全体の警備の監督は副官のレイ中尉が行い、直接的に要人についているのがヴィクトルの役目なのだろう。
「楽しそうですね、レガリア侯爵夫人」
ジョージ王子が声をかけるとレガリア侯爵夫人は立ち上がって頭をさげ、オーレリアもまたそれに倣った。
「こちらのお嬢さんは?」
あわあわと頭を下げたばかりのジェシーは王子に声をかけられて緊張した面持ちで顔を上げると、改めて名乗った。
「はい、私はモルドヴァ子爵ジョゼフと申します」
名乗った瞬間、場の空気が凍った。
天使の輪が浮かぶさらさらとした長い金髪に澄んだ空のような青い瞳。 いささか背が高いが、愛らしく弾む鈴のような声といい、ジェシーを一目で男と見分けられる人間などいるはずもなかった。
「ええ!?」
一番最初に声をあげたのはレガリア侯爵夫人であった。 あからさまにショックを受けたような顔で夫人はソファに崩れ落ち、ヴィクトルは呆然とジェシーの顔を見つめ、ロランはオーレリアにこそこそと耳打ちをした。
「儂、年でよくわからんのじゃが、どう接したらいいんじゃ……」
見た目は中年のくせにこういう時だけおいぼれのふりをするのはよくない、と思いながらも、オーレリアは咳払いをした。
「彼女はモルドヴァ子爵ですが、ごく普通の女性です。 レディですよ、辺境伯」
「しかし、男……なのだろう」
ヴィクトルは明らかに強張った顔でジェシーを見ていた。 男所帯の軍隊に身を置く彼としては化粧をしてドレスを纏うジェシーの姿は奇異に映ったことだろう。
しかし、オーレリアはなんら恥じる必要はない、とジェシーの隣にいった。
「彼女は肉体は男性ですが心は女性です。 私がレディとして育て上げた紛れもない令嬢よ」
「恋愛対象は女性ですが」
オーレリアに肩に手を添えられてぽっと頬を染めながら自分の頬をおさえるように両手を添えるジェシーの姿は確かに可憐な令嬢そのものであり、気性が荒いオーレリアよりも深窓の令嬢といった雰囲気があった。
肉体は男で、心は女で、恋愛対象は女……その情報を処理できずに固まっているヴィクトルとロランを置いて、ジョージ王子はにこやかに微笑むとジェシーの手の甲へと口づけをした。
「初めまして、レディ・モルドヴァ。 私はアルビオン工業連合王国の第一王子、ジョージといいます」
この辺りのふるまい、そこで情けなく突っ立っている軍属男二人にも見習ってほしいところだとオーレリアは思いながら、王子からの挨拶に真っ赤になって微笑むジェシーを見守っていた。