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「閣下になんということを」
「虫けら同士で寄り集まって仲睦まじいこと。 お前たち風情がこの私に触れるなんて、天が許そうとも私が認めない! 早くこの手を離しなさい、下がれ、下郎ども!」
いくら声を張り上げたところでこの場でオーレリアを助けるものなどいなかった。 父のロスタン伯爵はしきりにオーレリアの名を呼んでいたが何をできるでもなく、軍の馬車へと押し込まれていく。
屈辱に歯を噛み締めながらオーレリアもまた別の馬車へと押し込まれる最中、その馬車のステップの上で片足を大きく翻した。
瞬間、オーレリアのはいていた革製の靴が離れ、ヴィクトルの胸板へと当たった。
周囲の兵士が怒号をあげようとするのをヴィクトルは片手を上げて押しとどめ厳しい表情でまっすぐにオーレリアを見据えていた。
そこから、オーレリアへの尋問が始まった。 いや、尋問とも呼べるものではなかった。 やってもいない暗殺未遂の嫌疑で薄暗い地下の独房に押し込まれたオーレリアははなから話し合いに応じるつもりなどなく、訪れたヴィクトルを罵倒し、時にその腕につかみかかろうともした。 けれど、軍人であるヴィクトルに力でかなうはずなどなく、そのたびにオーレリアは地下の独房へと押し戻された。
「……底辺出身者が、この私を見下ろすな。 お前たちは足元に跪いているのが似合いの立場だろう!」
牢屋の鉄格子を掴みながらオーレリアはヴィクトルへ怒鳴っていた。 ヴィクトルはこの地下房にオーレリアが追いやられてから何度目とも分からない言葉に溜め息をついていた。
「何か勘違いをしているようだが。 俺は別段貴君に私的な恨みは持ち合わせていない。 貴君への容疑が本物なのかを確かめるために」
「お前が仕組んだくせに何を綺麗ごとを言っている! 薄汚い虫けらが、この私を陥れて……ふざけるな! ふざけるな! お父様はどこ、こんな薄汚い場所に追いやって……可哀そうなお父様! お前のような塵屑風情が貴族である私たちを苛むなんて」
とんでもない不条理が自分の上に降りかかったことを嘆きながらもオーレリアは一切涙するようなことはなかった。 こんな男に自分が弱っているところを見せてなるものかと気丈に振舞い、常に罵声を浴びせていた。
その度にヴィクトルは失望にも似た感情を表情に浮かべながら、それでも怒りを見せることはなく、ただオーレリアへ事件について尋ねようとし、オーレリアが疲れきると地下の房を後にしていくのだ。