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友好使節ということもあり公的な場ではアウローラ王国の言葉で話しているが、やはりダイアナとしては祖国の言葉の方が話しやすいのか、昼間よりも気どりのない口調で話す様子にオーレリアもただの親戚としていくらか砕けた口調で返していた。
赤いビロードばりのソファに並んで腰かけた状態でダイアナは微笑んでいた。
「いいえ、アルビオンでも運命なんてことばをよく使うのはジョージ王子くらいよ。 あの方、気に入った相手にはすぐ運命の人だって言うみたいなの」
「まあ」
見た目が王子様そのものの相手に言われたのでは、言われた側はころっとその気になってしまいそうだ。 それを分かっててやっているのならばジョージ王子は相当なプレイボーイだろう、と考えながらオーレリアはシャンパンを口元に運んでいた。
「ふふ、実はねオーレリア。 貴方の母親のソフィアにも殿下は運命の人だと言ったことがあったのよ」
「ええ?」
流石にオーレリアもこれには驚いた。 肖像画でくらいしか顔は知らないが、母のソフィアはダイアナやオーレリアに比べて凡庸な顔だちだ。 娘のオーレリアをしても母親の肖像画だといって見せられなければどこかの誰かの一般的な肖像画として顔を忘れていただろうくらいには平均的な顔だ。 まあ、よく言えば普通に整った素朴な顔だし、見ようによっては可愛らしいだとか言いようはあると思うが、それでもこの人は美しい、と言えるような特徴はない。
「ソフィアは十歳の時に行儀見習いとして王宮に入ったわ。 侍女の見習いのようなことをして宮中の人たちに顔を覚えてもらうのと、礼法を身に着けることが望まれた」
そういった話はアウローラ王国内部でもよく聞く。 上位の貴族の中には子女の教育の為にあえて身分の高い貴族や王族に仕えさせる。 そこで得たコネや振る舞いというのは彼女が成長した後にも役立つため、金銭を支払って娘を奉公に出す親もいるくらいだ。
ソフィアもまたそういう一人だったのだろう。 姉のダイアナほどの器量がない母にすればコネを作っておけば後々縁談も有利になると考えられたのかもしれない。
「そして、ソフィアが十四歳の時にジョージ王子が生まれた。 子供のころの殿下は非常に内気でいつも泣いておられたそうよ」
そういってダイアナは一度シャンパンを口に運び、人々の中で歓談するジョージ王子へと視線を向けた。
歓待を受けながらも節度をもって微笑んでいるジョージ王子の姿にダイアナの話にあるような軟弱さは微塵もない。 どのような相手にも気後れするでも、増長するでもなく振舞う姿は模範的ともいえた。