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しかし、夏とはいえボンベルメール領の海は荒波で有名だ。 アウローラ王国国内の船は大抵は北海を越えるのに向いたものではない。 国内の造船業は大抵が穏やかな内海を面した南部にある。 これでは使節団が海を越えてくるというのも難しいのではないかとオーレリアは考えていたが、遠目に見える船に口元に手をやった。 それは船というにはかなり大きかった。 鋼鉄でできた黒い船が青い海原の上を直進してくる。 港へ停泊するのだからかなり速度は抑えているはずだが、それでも南部へ旅行に行ったときに見た小型の船よりも早く、また波にも大きな影響を受けていないようだった。
ヴィクトルに至ってはずっと陸軍にいたために外国の艦隊を見るのは初めてなのかかなりの驚愕に目を見開いていた。
そして、居並ぶものたちの歓喜の声と歓迎の楽団の音楽の中、船から降り立ったアルビオンの兵たちの中から二人の貴人が現れた。
燃えるような赤いビロードのマントには白貂の毛皮の縁取りがされていた。 輝く金色の髪は王冠のようであり、長い睫毛もまた金色。 輝くばかりの威光を背負って現れたジョージ王子をまずはボンベルメール辺境伯が歓迎し、彼もまたアルビオンに平和を与えてくれた英雄との邂逅を心より喜んでいるように見えた。
その傍らにいるのはレガリア侯爵夫人ダイアナだ。 艶のあるブルネットはオーレリアと同じだったが、鮮やかな紫の瞳は艶やかで、年齢は四十歳ほどだろうがまだ二十代の半ばにいるようにしか見えなかった。
ジョージ王子は次いで警護を担当するヴィクトルとも握手を交わしたが、オーレリアを見た途端言葉を失ったように硬直した。
オーレリアからすれば、それは見慣れた反応のはずだった。 何しろ、彼女は美しい。 輝石姫とあだ名され、アウローラ王国随一の美女と呼ばれる彼女は美しさの権化だ。 目にしたものは言葉を失って彼女に見惚れる。 それはどうしようもないことなのだ。 彼女の美しさはもはや概念であって、言葉で表そうとすればどんな詩人も言葉を失う。 盲目の者に光の鋭さと柔らかさを完璧に伝える言葉がないように、彼女の美しさは見たものにしか分からない輝きだった。
しかし、ジョージ王子がその鮮やかな青の瞳から涙を零すのを見て、オーレリアは流石にぎょっとした。
今までに自分に見とれる人間は多くいたが、流石に目の前に現れただけで涙を流されることはなかった。 いや、芸術家の類ならばあるいはこの美しさを形にできぬ自分の腕に涙することはあったかもしれないが、ジョージ王子は王族である。 みだりに人前で涙を流していい立場ではない。