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これは歴史的に主国であったアウローラ王国への譲歩であり、アウローラ王国側としても彼らを手厚く歓迎する必要があった。
何故ならば、アウローラ王国は今、東部に戦線を抱えている。 現在は膠着状態とはいえ、万一にもアルビオン工業連合王国が再びアウローラ王国に牙を剥いたとなれば二正面戦争を展開するだけの余力はアウローラ王国にはない。 西方には軍事大国の神聖スパンダリ帝国があり、同盟国として助力を乞うことは可能だが、ことが国家の存亡に関わる以上他国に依存する真似は出来なかった。
そうした事情が重なり、東部戦線の疲弊を誰よりも理解しているヴィクトル・ソレイユがアルビオンの使節の歓待に関わることになったのだ。
そして、使節歓待に関してアルビオン側から一人の貴族が親善大使となるよう指名されていた。
それは、オーレリア・デ・ロスタンであった。
彼女の父はアウローラ王国の貴族であったが、母親はアルビオン出身の貴族令嬢であった。 二人はこれといって優れた所があるわけではないが、戦争終結直後に婚約、そして互いに成人してから結婚したため、結婚当時は「北方守護戦争終結、平和の結婚」として象徴的に扱われたカップルの一組だった。
さらに、今回王子に同伴してくるのはオーレリアからして母方の叔母に当たるレガリア侯爵夫人であった。
オーレリアの母が行儀見習いとしてアルビオンの王宮に仕えていた際にはジョージ王子と親しかったということもあり、親善大使の立場も妥当だろうと周囲から納得の上でオーレリアはその立場に着任した。
オーレリアからすれば物心ついたときには母は無くなっていたため、アウローラ王国の風土と慣習で育ち、アルビオンの事は本で読む程度にしか知らないが、任命されたからには、という義務感から準備は欠かさずにいた。
使節団到着の朝、オーレリア、ヴィクトル、そしてボンベルメール辺境伯ロランはボンベルメール領の港にいた。
ボンベルメール領の港は北海に位置するため冬の間は流氷で閉ざされ、小さな漁船程度しか行き来することができない港だったが、夏ともなればどこまでも透き通るような青い海と白い建物が並ぶ美しい街並みだった。 確かに街並みはアウローラ王国の平均的な街とは異なり、最新の建材であるコンクリートや鉄筋、一枚板のガラスが惜しげもなく使われており、アウローラ王国というよりアルビオン工業連合王国の色合いが強く出ていたが、古くから残る教会の建築様式などは間違いなくアウローラ王国のものだった。