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「姉ちゃんはソレイユ大佐の恋人なの?」
近くに座っていた少年がスープ皿を両手で持ち上げて飲みながら問いかけてきた内容にオーレリアは額に青筋を浮かべた。
以前、「恋人か」と聞かれた際にオーレリアが激怒していたことを覚えているヴィクトルは一瞬背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
別段、オーレリアにひっぱたかれるくらいならば何ともないが、子供たちと育ての親の前で「こいつと結婚するくらいならば七十越えたやもめの物乞いと結婚する方がいい」と言われれば流石にこたえるものがある。 というか、周囲に無駄な心労を与えたくなかった。
しかし、オーレリアは穏やかな微笑みを浮かべて答えた。
「恋人ではなく、婚約者よ」
一気に大騒ぎになる周囲の中、平然と食事を終えて口元をハンカチで拭くオーレリアを見てヴィクトルは唖然としていた。
帰り道、辻馬車の中でヴィクトルはオーレリアを見ていた。 慎ましい服装をしていても彼女は美しかった。 もし、このまま質素な暮らしを貫けるならば彼女は平民からみて憧れの淑女と呼べるだろう。
しかし、それがオーレリアにとって不可能なことをヴィクトルも理解していた。
オーレリアは輝石姫。 豪華なドレスとリボンとフリルに包まれて幸福に微笑んでいる姿こそが彼女のあるべき姿なのだ。
「……何故、婚約者だと」
「別に。 そうなってもいいと思っただけよ」
オーレリアの方は特に気分を害した様子もなく、座席に座ったままヴィクトルを見ていた。
今日のヴィクトルはいかにも平民出身者という雰囲気だった。 普段の厳めしさはやわらぎ、子どもたちと触れ合い、自分の育った場所に愛着を覚える。
絶対正義の暴力装置にも人間らしいところがあった、という程度にはオーレリアにとっての評価が上向きになったというに過ぎない。
そして、その評価の変化は婚約程度受けてあげてもいい、というくらいには彼女の気分を変えさせていた。
ヴィクトルはそんなオーレリアの変化についていけずにいたが、少し考えてから、女心はうつろいやすいと部下の既婚者が言っていたのはきっとこういうことなのだろう、と自分の中で納得を終えた。