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「美味しいわね」
当たり前に評価した言葉にまた周囲は驚いた。
「何よ」
今のは別に悪口でもなんでもないだろう、と周囲を見返すと、シスターが少し苦笑しながら口元に手をやった。
「貴族の方のお口にあうとは思わなかったんですよ」
「あら、普通に食べられますわよ。 もちろんプロの料理人が作ったものとは比べられませんが、子供や素人が作ったものだって美味しいものは美味しいでしょう」
そもそもこんな家庭料理、まずく作る方が難しいのだ。 塩や香辛料を馬鹿みたいにぶちこめばまずくなるだろうが、そうでもない限り、家庭料理というのは大抵が誰でも適当に作ってそれなりに美味しいからこその家庭料理だ。 プロの職人のように何日も時間をかけて手間暇を惜しまず心血注ぎ上げて作り上げる食の芸術を一般家庭に持ち込む方が不可能だろう。
「俺も、お前は一流の料理以外はまずいと言うかと思っていたが」
「よくそれで勧めてきたわね。 大体、ごく一部の食材や方法で作ったものしか美味しく食べられないなら、それこそゲテモノ趣味と大差ないでしょう」
オーレリアにとって大抵の食事は美味しく食べられるものだ。 一般的な家庭料理を毎日食べたいかと言われれば違うが、たまにこうした食事を食べたからといって「まずい」と感じる程貧しい舌は持ち合わせていない。
もっとも、一年間牢屋の中で食べていた黒パンと屑野菜の汁だけは本当に不味かったが。
「以前に慰労で訪れた貴族の方は、まったく料理に手をつけておられませんでしたからねえ」
シスターの方は朗らかに笑いながら、以前に来た貴族と違い、食事をとっているオーレリアを嬉しそうに見守っている。
慰労、というのは貴族にとって義務だ。 そして、普通は貴族の多くは食卓を囲む相手を選ぶ。 こうして孤児の子供らに囲まれながら食事をするなど落ち着かないし、気分も乗らなかっただろう。
「それは仕事で来ていたからでしょうね。 私は今日はソレイユ大佐の私的な付き合いで来ていますから」
オーレリアにしてもその貴族にはいくらか同意できる余地があった。 給仕の使用人にしても中流以上の家庭から上がったもの以外は直接的に主人に声をかけないのが上流階級の暗黙のしきたりだ。 古い時代には王の給仕は上位貴族の名誉職でもあったというほど、貴族社会は閉ざされた場所なのだから、義務で孤児院に来たのならオーレリアも食卓を囲む真似はしなかっただろう。