15
「以前にとある事件で世話になったものです。 私はロスタン伯爵名代 オーレリア・デ・ロスタンといいます」
「まあ、伯爵家のお嬢様が……まあ、まあ、こんな狭いところですが、どうぞお気を楽にしてください」
シスターはオーレリアの名前を聞いても彼女が輝石姫であることに驚かず、伯爵家の人間が来たということに興奮したように頬を赤らめていた。
そして、シスターもまたオーレリアの顔立ちにうっとりとしていた。 まるで絵本の挿絵に描かれる麗しいお姫様のように整った顔立ちをし、質素なコットンのワンピースを着ているというのにそれが一流のドレスかのように見える。 彼女の微笑みは花が開くようというものではなく、彼女の美しさに花が恥じ入るように優雅だった。
しかし、オーレリアはしょせんオーレリアである。
「ええ、貧民窟の孤児院と言ってましたからみすぼらしいところだろうと思ってましたが、廃墟そのものですわね。 床はありますの?」
悪意はない。 悪意がないだけに救いもない。
オーレリアの言葉にヴィクトルは深い溜め息をつき、オーレリアのふるまいはこれが通常なのだと知らないシスターは外見とのギャップのあまりに言葉を失ったままオーレリアとヴィクトルとの間で視線をさまよわせていた。
孤児院の中へと入るとオーレリアは唖然としながら周囲を見ていた。
床も壁も一応は元の建物の趣を残しているのだろうが、あたりそこらに子供らが暴れて壊したのを素人が板を打ち付けて補修した跡が見て取れる。 おまけに白いモルタルの壁に子供が描いた絵が張り付けてあり、厳粛な教会というより完全に子供たちのための施設だ。 いや、孤児院としてはこれが正しいのだろうが、以前に街の孤児院に慰問した際に見たのとはだいぶ異なっている。
「わあ、ソレイユ大佐だ!」
「すげえ、本物だ!」
小さな男の子たちはヴィクトルの姿に目を輝かせてかけより、その隣にいるオーレリアよりもヴィクトルに関心が向いている。
「ねえねえ、俺も軍人になれるかな!」
「軍部は門戸を大きく開いている。 ただ、軍人としての教練に耐えられるかは別だ」
子供に伝える気があるのか微妙な口調で話しているヴィクトルを見ながら、オーレリアは不意に視線を感じた。
壁際でもじもじとスカートの端をいじっている少女たちがいた。 どうにもヴィクトルに声をかけたいらしいが、男の子たちの騒ぎに入りづらいといったところだろう。
別に世話を焼いてやる義理もないのだが、今日はヴィクトルに付き合うといった手前、彼の方に合わせることも必要かとオーレリアはヴィクトルに視線をやった。