14
翌朝、目立たぬように早朝から出かけ、大通りで馬車を下りたオーレリアは太いストライプの入ったコットン素材のワンピースを揺らして軍服姿のヴィクトルに並んでいた。
「……そういう服装も持っていたのだな」
以前、逮捕された後には安い木綿のワンピースを着ていたが、普段のオーレリアは華やかなドレスを身に着けていることが多かっただけに、少し意外そうに服装を見てから、ヴィクトルは先導するように歩き始めた。
貧民窟の道は入り組んでいる。 表通りの市街地とは異なり、古くなった廃墟に新しく作られた家や、壊れかけた小屋同士を無理につなぎ合わせた増築、中には建物と建物の間に強引に板を通してそこに住んでいるものまでいる。 狭く、空気が淀み、薄暗かった。
「ここが貴方の住んでいたところなの?」
「この辺りは市街地に近いだけに人が多いだけだ。 もう少し行けば開けている……そこが、俺の育った場所だ」
言葉の通り、辻を一つ曲がると途端に開けた通りに出くわした。 おそらくは王都が出来たばかりの頃はこの辺りも大通りだったのだろう、古ぼけた石畳がいくつか残っていた。
その中にモルタルの壁も傷んだ質素な教会があった。 大きさはそれなりにあるが、その脇に開けた空間では洗濯物が干してあるせいで妙に所帯じみた印象のある教会だ。
入り口にある崩れかけた石階段から一人の女性が下りてくるのが見えた。
年老いた女性で修道女の服装をしていた。 服装のせいで髪の色や体格はわからなかったが、痩せた頬に口元に浮かんだ皺、それなりの年齢だろうと思いながら、オーレリアは彼女を見ていた。
痩せているのにやつれた雰囲気がない。 明るい青い瞳は喜びから少女のように輝いている。 無邪気な人なのだろうということが表情からうかがえる。
彼女はヴィクトルの前へと出ると、目を細めて彼を見上げていた。
「まあ、よく帰ってきてくれましたね、ヴィクトル」
「久しぶりでした、レイン先生」
ヴィクトルは常の仏頂面を和らげて彼女に向き合うと、そのまま軽く頭を下げた。
「まあまあ、それで、こちらのお嬢さんは? 貴方の良い人なの?」
視線を向けられてオーレリアは少し驚いた。 彼女は新聞を読んでいないのだろうか? 今、自分達は国で一番注目を受けている間柄だと思っていたが、と考えてから思い至った。
新聞は無料ではない。 この教会に住む人たちは新聞を読むためのお金よりも生活するためのお金で精いっぱい……いや、もしかしたらこのシスター以外はまともに文字を読めない人が多いのかもしれない。