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「……お前は、もっと高飛車な女だと思っていた」
帰りの馬車の中で静かに呟いたヴィクトルを見て、オーレリアは扇子を手で弄いながら口元を緩めた。
「事実でしょう? 私は他人の顔色なんて見ないし、他人のために膝を折る気なんてまったくないわ。 それが自分の利益となるならば別だけれどね」
「俺に服を与えたのも、オペラに連れていったのも、利益になるのか?」
「ええ、そうよ。 お前が私との婚約を破棄するにせよ、このまま正式に婚約するにせよ、今のヴィクトル・ソレイユには私の隣に並ぶ資格がないと思い知ったでしょう?」
「……」
オーレリアの言葉にヴィクトルは返す言葉がなかった。 服装にしても振る舞いにしても、もしもヴィクトルが普通の貴族の男であったならば当たり前にできていたことかもしれない。 だが、ヴィクトルは貴族ではない。
王都最底辺の貧民窟出身の英雄。 便宜上、平民という言葉で語られているが、本来なら戸籍すらなかった身であり、軍に入るまでは税金すら払ったことがないため、ヴィクトルの身の上は正しくは国民以下だったのだ。
今でこそ納税義務を果たし、軍での功績により身分はしっかりと証明できているが、過去は変えようがない。
ヴィクトルが血を流して築いた地位に始めからオーレリアは生まれていて、そこから十七年を彼女なりの研鑽に費やしてきた以上、ヴィクトルとオーレリアの間に差ができるのは当然のことだった。
ヴィクトルにしてもその事実に歯噛みをするつもりはなかった。 ただ、今日一日オーレリアが自分に教えたことを無駄にするつもりもなかった。 今後、もしオペラに足を運ぶことがあれば、ヴィクトルは確実に気品のある振る舞いを取ることができる。
ヴィクトルはオーレリアを真っ直ぐに見つめた。 闇夜に銀河がまたたくような艶のある黒髪と黒曜石の瞳をした美しい令嬢だ。 誰もが彼女に見惚れ、その美貌に心奪われるのも当然のことだろうと客観的に評価しながらヴィクトルは言葉を口にした。
「明日、俺たちは貧民窟へと向かう。 俺の育った孤児院へ向かう」
「慰問ということ?」
軍人が自分の地元にある福祉施設を訪れることは珍しくない。 特に成功したものならば故郷に錦を飾るべく大規模な改修や施設への寄付をするという例もある。
しかし、ヴィクトルは首を横に振った。
「単純な里帰りのようなものだ。 軍服を着て向かうが、軍事的なことや慰問といった大それたものではない」
「そう、なら私もそれに見合った服装で向かうわ」
事前に貧民窟へ向かう、ということと慈善ではない、と言われたことはオーレリアにとって重要だった。
今日のようなドレスを着て貧民窟へ向かったのでは目立ちすぎるし、慈善事業でないというなら慎ましすぎる姿も嫌味に映る可能性があった。
貴族の宴に招かれることの多いオーレリアだが、相手の家柄やパーティの内容によって服装や荷物を変えるのは当然の嗜みとして身についているものだ。
オーレリアは少し、今日の行き先についてもヴィクトルに伝えておくべきだったろうか、と考えたが、結論として「貴族令嬢との付き合いに平服で来たこいつが悪い」という考えに至ったので自省することはなかった。