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こういった場では慣れがある分主導権を握っているのはオーレリアだったが、一度ヴィクトルの方へと視線を向けた。
「ソレイユ大佐、採寸だけしてもらって秋用のジャケットも仕立てさせておきましょうか?」
「いや……今日は、二着でいい」
一度、そもそも仕立服は必要ないと言おうかと思ったヴィクトルであったが、ここでその応答をするのはオーレリアの面目を潰しかねないと察したのか、今日は、と断りを入れていた。
「だそうなので、今日は採寸はいいわ」
その返答はオーレリアの気に召したのか、穏やかに笑いながらオーレリアは店員に言いつけていた。
真新しい黒いシルクのジャケットに白いシャンタン生地のハリがあるベスト、そしてサイズが体とぴったり合致していることでベルトの必要がないスラックスを身に着け、濃い青色のネクタイをしめた姿で佇むヴィクトルの隣でオーレリアはごく当然のように立っていた。
オペラの席はロスタン伯爵家が年間で契約しているボックス席であり、いま王都の話題の中心人物となっている二人が連れ立って現れたことに周囲はちらちらと視線を向けていた。
オーレリアの方はそうした視線を慣れたものと気にせずにいたが、ヴィクトルの方はいちいち視線を向けてくる相手に視線を向けようとするのでその度にオーレリアから小突かれた。
「私と婚約するというのはこういうことよ。 お前の望む、望まざるにかかわらず、私は常に話題の中心にいるもの」
穏やかな口調で告げながらボックス席の椅子に腰を下ろすオーレリアはもう一脚の椅子に座るように促して、オペラグラスを手に取った。
ヴィクトルは舞台と下の一般客のための座席とを見比べるようにしてから、オーレリアへと視線を向けた。
「角度のついたボックス席よりも下の座席の方が舞台を見やすいだろうに」
「ボックス席を年間契約している、というステータスを見せつけるための社交よ。 ここにきている貴族たちはほとんどオペラの内容には興味がない……というか、知ってるわよ、内容なんて。 いつでも見られるし、基礎教養だもの」
はっきりと言い切られた言葉にヴィクトルは唖然となった。 オペラを見る、となれば平民からすれば相当の贅沢であり、社交界への第一歩という風な扱いをしている富裕層も多いだろう中で、興味がないと断言されるとなんのためにこんな大きな施設で大量の金銭を消費した歌劇を行っているのか分からなかった。
「本当にオペラに興味がある音楽趣味の人間はごくわずか。 あそのこの舞台間近にあるのが王族のためのボックスだけれど、あそこは舞台のほとんど真横だから内容なんて見えないわ。 代わりに、誰が来ているかは周囲からはっきりと分かる」
つまりこれはオペラを観に来た、という名目のもとで貴族たちが顔を合わせるための場所ということかとヴィクトルは溜め息をついた。