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淡々と告げてコーヒーに口をつけるヴィクトルを見ながら、オーレリアは眉根を寄せていた。
結婚により伯爵家の後ろ盾を手に入れたい、というのは納得がいく。 それは暴力ではなく政治によってヴィクトルの地位を確固とするものであり、その手口自体はオーレリアにとってむしろ好感をもてるものだ。
おそらく提案したのは父の方であり、ヴィクトルはその利益に頷いただけだろう。
だが、やはりまだ不満があった。
「……お前、その服はどこで買ったの」
「軍の支給品だが」
ヴィクトルからの返答にはーとオーレリアは額に指をついた。
やはりこの男は自分とは住む世界が違う。 支給された既製品の服をそのまま着ているだけの服装という時点でオーレリアにはありえないものだった。
軍服なのだから個性の出しようがないのは仕方ないにせよ、せめてシャツくらい仕立てて自分にしっかりとあったものを着る程度のこだわりが欲しかった。
「……いいわ。 ヴィクトル、貴方、明日一日私に付き合いなさい。 私と結婚するのがどういうことか理解させます」
はっきりと告げたオーレリアの言葉にアルルは少し意外そうな表情を浮かべた。
長年オーレリアに付き合っているアルルはオーレリアが嫌いな相手に歩み寄るような人間ではないことを知っていたが、流石に父親の命令とあれば従うのだろうかと考えていた。
ヴィクトルの方はその申し出に素直に従い、代わりに、というように口を開いた。
「それでは明後日は俺に付き合ってもらおう。 お前には見せたいものがある」
「……いいわ。 まるきり見てきたものが違うんですもの、お互いにこの婚約に無理があると理解することは必要でしょう」
互いにある程度の妥協点を見出す形で納得すると、オーレリアはアルルを引き連れて屋敷へと帰っていった。
残される形になったレイはヴィクトルがいれてくれたコーヒーを口にしながら、静かに目を細めていた。
「……閣下、私もこの結婚には無理があると考えます。 相手はあのオーレリア・デ・ロスタンですよ」
以前の事件の折に見えた彼女の素顔は確かに愚か者でも、地位を笠に着た小物でもなかった。 しかし、一度着たドレスは二度と着ない、人の手の上を平然と歩くなど、到底善良といえる人間の姿ではなかった。 何故、わざわざそんな相手を婚姻の相手に選んだのかレイには分からなかった。
それこそ、貴族の令嬢たちでも中にはヴィクトルに好意的なものもいる。 彼の理想を共にすることができなくとも、英雄に従順に従ってくれる女性はいくらでもいるだろう。
何故わざわざ、あんな扱いに困る爆弾のような相手を、とレイはヴィクトルを見つめていた。