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「お父様が嫁げというなら七十超えたやもめの物乞いにだって嫁いだわ……だけど、なんでよりによってヴィクトル・ソレイユなのよ!」
大声で怒鳴り、そのままソファの背もたれに爪をたてて寄りかかるオーレリアの肩をアルルがそっと支え、「おかわいそうに、お嬢様」などと寸劇染みたことをしている姿にレイ中尉も怒りの声をあげた。
「ふざけるなよ、クソ女! 閣下ほどの男などこの世にいるものか! 閣下と結婚できるなら僕がしたかった!」
執務室にとどろく絶叫と金切り声と一人やたら面白がってる野次馬とを見ながらヴィクトルは、七十のやもめの物乞いより結婚したくない相手、と言われたことに静かに唇を噛み締めていた。
「……とにかく、お前に婚約破棄の意思はないのね」
散々叫んで嫌がっていたオーレリアも相手に交渉の余地がないと分かるとぴたりと叫ぶのをやめていた。 この辺りの切り替えの早さは貴族として長年人間関係という政治をしてきただけはあるな、と素直に関心しながらヴィクトルはコーヒーをいれて彼女の前においた。
コーヒーはヴィクトルが軍人になってからはじめた数少ない贅沢な趣味だった。 あらかじめひいておいた粉を使った簡素なものだがきちんとドリップしたコーヒーは香りがよく、オーレリアも特にケチをつけるでもなく飲んでいた。
ヴィクトルはレイとアルルにもコーヒーを手渡し、自分は執務机の椅子へと腰を下ろすとオーレリアを真っ直ぐに見据えた。
「無論だ。 俺としても好都合というところだ。 何しろ、軍部では不能者はこれ以上の出世は見込めないと言われていたからな。 軍部の改革にはせめて将官の地位を得る必要がある。 中央の改革となれば俺のできない政治の分野だ」
「確かに、お前では政治は無理ね」
淡々とした口調で言いながらオーレリアは溜め息をついた。
政略結婚自体は覚悟していた。 それにヴィクトル本人から聞かされる限り、この婚約の不利益は結局オーレリア本人の気分を害すること以外なにもないのだ。
ならば貴族の娘としての義務に従い結婚するべき、だとは分かっているのだが、オーレリアはまだ腹に据えかねていた。
「政治は私が関われる分野でもないわよ。 女は議会に出席できないもの」
男の貴族であればそれなりの地位があれば貴族院議員として政治に介入できもするだろうが、オーレリアが女である限り、政治に直接的に介入することはできない。
「お前には横のつながりがあるだろう。 そこでの発言を望む」
もともとヴィクトルは別段彼女に助力を望んではいない。 軍部の規律を正し、東部戦線へ復帰すること、そして勝利によって長きに渡る戦争を終結させることがヴィクトルの望みだ。