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苦情だろうか。
そんなことを考えている内に扉を四度ノックされてヴィクトルは立ち上がり、扉を開いた。
「ご苦労だったな、レイ中尉」
扉をノックした自らの副官をねぎらうと、彼は顔を赤らめながらぱっと敬礼を取った。
「いえ! 表の騒動は落ち着きました」
「うちのお嬢様と私のチーズのおかげですね」
ひょい、と手のひらサイズのチーズを取り出して笑うのは見慣れない青年だったが、その隣にオーレリアがいることから彼女の使用人だろうと察しがついた。
オーレリアは険しく眉根をよせていたがひとまず執務室に三人を招き入れ、オーレリアをソファに座るよう促した。
使用人のアルルと副官であるレイ中尉は立ったままだったが、オーレリアは特に気にするでもなくヴィクトルを見上げていた。
「……まずは、この騒動の詫びをしておくわ」
オーレリアから告げられた珍しい殊勝な言葉にその場の全員が驚きに目を見開いた。 あの傲岸不遜で、他者をいたわるという人間らしい感性を母親の腹の中に忘れてきたらしい輝石姫から謝罪の言葉が出るなど誰一人として予想していなかった。
「今回の事はお父様が私にも無断で新聞社に話を通したこと。 おそらくは横領事件と王女暗殺未遂事件の関与疑惑で落ちた家名のため、私を話題性の強いソレイユ大佐と結婚させようという思惑だったのでしょう」
そう言いながらオーレリアは椅子に座ったままではあるが、ヴィクトルへと視線を向けた。
「迷惑をかけました」
謝罪、というにはあまりにも短いが、彼女からすれば平民にすぎないヴィクトルに向けるには十分過ぎる謝罪だった。 実際、この国で貴族が迷惑をかけた、など平民に言うことはまずもってありえないことだ。
レイ中尉はオーレリアのその態度に口を開けて驚いていたが、ヴィクトルの方は何か思うところでもあるのか首をひねっていた。
「俺は、ロスタン伯爵から話をもらい了承していたが」
「は?」
オーレリアは椅子に座ったまま呆然とし、それを見てヴィクトルの方は首を傾げたまま眉間に皺を寄せていた。
「家門の名誉回復のため、というのは事実だがこの婚約には俺も利益がある。 平民出身ということで中央に意見が通りにくいが、伯爵家の後ろ盾があれば今までと違い、俺の意見を直接中央に届けることができる。 問題は年の差が二十もあるということだが……」
「そんなものはどうだっていいのよ!」
一般庶民的な感覚で年の差の結婚を十七歳のオーレリアが嫌がるだろうと思っていたヴィクトルだが、本人はそれ以外のところで怒り狂っていた。