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オーレリアは白い襟元の詰まった濃い青のドレスを身に着けると小さな帽子をかぶり、ゴム紐を結った髪にかけて落ちないよう固定してから馬車に乗り込んだ。
王城近くにある軍部では大騒ぎが起きていた。 新聞の第一面を飾る「英雄婚約」の一文にマスコミのみならず、野次馬までもが駆けつけてきたのだ。
何しろ、東部戦線の英雄の婚約した相手が国一番の美女と名高い輝石姫オーレリア・デ・ロスタンだ。 物見高い連中はこぞって婚約の発表が真実なのかを問いに来たのだ。
「おかえりください! 軍部では個人のプライベートに立ち入った話はいたしません!」
ヴィクトル・ソレイユの副官であるレイ中尉は声を張り上げながら勝手に軍部へ入り込もうとする人々を抑えていた。
他の兵士たちにしても普段の事務を放り出してでも軍部に侵入しようとする不届き者たちを取り押さえるべく奔走していた。
何せよ、場所が国家中枢の軍事機密を扱う場所だ。 万一にも施設に勝手に入り込む人間が出たら即時逮捕、悪くすれば処刑沙汰になりかねない場所であるだけに野次馬を抑え込む方も必死であった。
そこへ唐突に現れた馬車に人々はますます色めきだった。 ロスタン伯爵家の紋章がついた馬車。 噂の張本人が現れたことに人々は一斉に声をあげて馬車へと押しかけた。
執事の服に身を包んだ青年が扉を開くと、中から登場した令嬢の姿に人々は息を飲んだ。
白い襟元のついた青いドレスは貞淑で従順な印象を与え、小さなハットをかぶった彼女はいかにも清廉な美しさと気品とを兼ね備えた理想の女性であり、宗教画の乙女がいまこの場に現れたといわれても信じられるその姿に聴衆も人々も声をあげることを忘れて息を飲んでいた。
そして、オーレリアは気品に満ちた柔和な微笑みを浮かべた。 それはまさに聖女の笑みであった。 その笑みを一目見れば誰もが恋に落ち、心をもたぬ木石までもその笑みの前にはときめきを感じるであろう魅惑的な表情であった。 しかし、直後出てきた言葉に人々は硬直した。
「虫みたいに集まって目障り極まりないわ。 殺虫剤は人にも効くのかしら」
ここにいる連中を一掃したい、そう言い切りながら穏やかな微笑みを見せる女性に聴衆の心は一斉に凍り付き、なまじっか美しさによる暴力を食らった後のために全員が硬直していた。
唯一正気を保っていたらしい執事は自分の主人を見て、にっこりと微笑んだ。
「基本、毒ですからね。 人間にも効きますよ」
そういって胸元から固形の何かとマッチを取り出した執事の姿に人々は一斉に悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすようにして軍部の前に集まっていた人間は散り散りにさり、その人の波になぎたおされるようにしてマスコミの連中までも流されていった。