5
「そういえば、スポルコ男爵の次男がオーレリアへダイヤモンドの首飾りを差し出したのですけれどね、オーレリアたらそれを断ったんですの」
「まあ、それはそれは」
唐突に話題の中に自分の名前を出されてオーレリアは軽く口元に扇子を添えた。
リリアーヌは特に悪気がないのだろうが、贈り物を断った、ということに周囲の目は自然とオーレリアへと向けられた。 隣に座っているシャーリーは居心地悪そうに肩をすくめ、ベンチから落ちるぎりぎりまで身を寄せて皆の視線を避けようとしていた。
「ねえ、オーレリア。 どうして首飾りを断ったの? 確かにあの男爵家じゃ顔に期待はできないけれど……」
マルゴー王女はくすくすと笑いながれオーレリアの方へと視線をやり、他の令嬢たちの視線も自然とオーレリアへと注がれていた。
「そう、大した理由じゃありませんのよ。 お父様がもっといい首飾りを用意してくださっていたので」
目を細めながら嫣然とオーレリアは答えた。 これは本当のことだ。 もうじき、オーレリアは十七歳の誕生日を迎える。 その贈り物にと父が随分前から目をつけていた宝石商を口説き落として大振りのダイヤを中心に百五十粒のダイヤで作った首飾りを用意してくれているのだ。
オーレリアにとってこの世で自分の次に愛しいのは紛れもなく父だった。 早くに母を亡くしたオーレリアの為に教育も身の回りのものもすべて一流で揃え、生まれてからこれまで一度としてオーレリアを退屈させたことがない父。 ロスタン伯爵領が穀倉地帯のひとつとはいえ、ここまでオーレリアのために惜しみなく財貨を尽くせるのはひとえに父の経営手腕によるものだろう。 だからこそ、オーレリアは父を愛し、尊敬していた。
「まあ、ロンタス伯爵はよほどオーレリアが大事なのね」
「早くに母を亡くしていますから、父なりに私を慮ってくれているのでしょう」
あくまで穏やかな口調で告げるオーレリアに周囲の令嬢たちは羨望とも呆れともつかない溜め息を零していた。 いくら他にもっと素敵なダイヤモンドの首飾りを用意されていたとしても、もう一つ簡単に手に入る贈り物ならば手を出してしまいそうだというのに、オーレリアは贈り物の相手が好みでないから、と断ってしまったのだから、周囲の反応は複雑だった。
マルゴー王女にしてもダイヤモンドの首飾りの贈り物が自分ではなくオーレリアへ向けられたことが不愉快だった。 この国の第一王女である自分ではなく、ただの伯爵令嬢。 アウローラ王国に二百人以上もいるただの伯爵家の娘に自分が劣っているといわれたようで不服だった。
けれど、マルゴー王女もその不愉快を表に出して自分の格を下げるような真似をする気はなかった。