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「本来であれば北方守護戦争の起こる前に戻り、戦争が起こらないようにしたかったが、戦場で死んだ私が戻るのはいつも戦地へとついた日の朝だった。 だから私は、同じ戦場の人間しか守り切ることができなかった」
ロランは悔いるように告げていたが、オーレリアは告げられた内容に冷めた表情を浮かべていた。
ロランの考えは限りなく善人なのだろう。 自分の命を犠牲にしてでも他の多くを救いたい。
しかし、オーレリアにはそれが自己犠牲を大義名分にしてたった一つの自分の命を顔も知らないどこかの誰かのために簡単に差し出せる安易な正義に思えて他ならなかった。
「辺境伯……私はそれでよかったと思いますわ。 我々は神ではありませんもの。 なにもかも、自分の思い通りにできてしまうだなんて力は必要ありません」
昼間の温かい日差しの中で冷たく響くオーレリアの声を聞きながら、それでもロランは微笑んでいた。
「そうかもしれない。 私も、死ぬのは怖いし、痛いことも正直嫌いなんだ」
三人の中で最も多く死を経験していながらそう笑うロランの表情にオーレリアは毒気を抜かれたように眉をよせた微妙な顔をし、ヴィクトルは微かに口元を緩ませた。
「オーレリア、安心していいだろう。 辺境伯は俺とは違って……真っ当に、顔の見える誰かが大切なのだろう」
それは家族や友人、恋人といった大切な人であり、軍人ならば互いの命を支え合った戦友を失いたくない、という至極真っ当な人間らしい考えだ。 そうヴィクトルは告げていた。
そして、ヴィクトル自身は自分がそういった親しい間柄の人間と見ず知らずの誰かを同じ秤にかけられる異常者だという自覚もあった。
ヴィクトルの言葉に呆れたように溜め息をつくとオーレリアは口元にやっていた手を腰に沿えて、胸を張った。
「私はどこの誰のためであってももう二度と死ぬものですか」
どこかの誰かのためでもなく、親しい人のためでもなく、自分自身のためだけに自分の命を使うと断言してオーレリアは艶やかな黒髪を風に揺らして笑った。
質素な木綿のワンピースを身に着けているというのにその姿はやけに華やかに見え、まばゆいものを見るかのようにヴィクトルは目を細めていた。
「それで構わないとも。 とにかく、我々三人は同じ秘密を持ち、互いに影響を与えざるを得ないということだ」
ロランは二人の意見をそれぞれに聞き入れながら頷いた。
そして、ロランの話はそれで終わりだった。 その後は容疑のはれたオーレリアの身元をどこで安全に保護するか、といった内容や数十年所領にこもっていた辺境伯が近頃の王都で何があったか聞くのに答えるといった他愛のない会話が続くばかりであった。