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北方守護戦争の英雄ならば若く見積もっても六十はこえているはずなのに彼の皮膚には衰えが見られなかった。
「端的にいうならば君たち同様に未来を変えるためだ。 私は要領が悪くてね、何度も死ななければ目的通りの未来を得られなかったが……人に、あるいは自分の手で死ぬことで私はもう一度、もう一度と繰り返した」
まるで世間話でも語るような口調で告げられる内容の壮絶さにヴィクトルは眉根をよせた。
同じ軍人として、いつ自分自身が死んでもおかしくない状況を知っているだけに、死んで巻き戻ったというのは理解できていたつもりだったが、自殺してまでも望む未来をつかみ取ろうとした執着がヴィクトルには分からなかった。
「最初に死んだのは十歳の頃だ。 当時、軍人であった父は不在がちで、私と母と弟で領地の視察に向かうことが決定していた。 しかし、領地の視察に向かう馬車が夜盗に襲われ、家族もろともに殺されたのが初めてだった」
境遇だけ聞けばヴィクトルが吸血子爵の事件で殺された時と似ていた。 しかし、ロランの話にはまだ続きがあった。
「それで私は道を変えようと提案した。 しかし、別の道ではがけ崩れに巻き込まれて死んだ。 その次は日程を変えようとしたが屋敷が火事に見舞われて誰も彼も死んだ。 ならばと警備の兵士の数を過剰なほどに増やしてやっと私はその死から免れた」
「それが、何度も死んだ理由ですか?」
オーレリアは眉を寄せていた。 それだけでは納得がいかない。 まだ自殺して戻ったという話がなかった。
「いいや。 一番多く死んだのはやはり北方守護戦争の頃だ。 これは戦死も多かったが……同じ戦場の味方全員が生きて帰れる未来を得るまで、私は自分の首を斬り落とし続けた」
告げられた内容にヴィクトルは目を見開き、オーレリアは顔を背けた。
聖騎士――辺境伯の二つ名の裏側で自殺してまでも味方を生かしていたなど誰が想像しただろうか。
華々しい騎士道物語の英雄のように語られるロランの活躍を彼自身の口から、血生臭い呪いのような事実で上塗りされる醜悪さにオーレリアは指先が震えるのを感じていた。
「しかし、いくら死んでも一度死んで戻れる場所は決まっていた。 その時の死に深くかかわる分岐までしか戻れなかった」
その言葉にはヴィクトル、オーレリアともに思い当たる節があった。 ヴィクトルならば子爵の家に向かうその日に、オーレリアは逮捕された日に戻った。 二人は一度しか死んだことがなかったために何故そこに戻ったか、と悩みはしたがその時よりも前や後に戻れないか、という可能性を考えたことは無かった。