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鋭く射貫くような眼をしているヴィクトルを前に、ロランは気さくに両手を掲げて微笑みを向けていた。
魔術、と言われてオーレリアは胡乱な目をしてロランを見据えた。
魔術というものがあった、というのは確かに歴史の上で当たり前に言われていることだが、それらは自然科学や初期の化学がまだ成立する前、集合知に過ぎなかった頃に呼ばれていた名称であり、物語のような空を飛んだり、動物に化けたりするようなものではなかった。
「確かに魔術として知られていたものの大半はこんにちでは誰でも知っている常識だ。 けれど、中には本当に人知を超えたものも存在した」
「けれど、そういったものもほとんどは麻薬成分の接種による幻覚や妄想だと聞き及んでいます」
「大部分はそうだろう。 けれど、中にはこうした前時代の遺物として残ったものもある」
そう告げながらロランが手にしたのは金無垢の懐中時計だった。 いや、懐中時計なのは外側だけで、蓋を開いた中身は見覚えのない文字らしき模様が円を描いて刻まれた文字盤であり、針は一本しかなく、中央にダイヤル式で数字が表示されていた。
「これは死んで時が戻ったものがいた時にだけダイヤルの数字が増える。 私が何度も死んで戻ったせいで数字が増えてはいるが、すくなくとも私が最後に死んだのは四十年前。 そこから増えたのは三十年前程前の……エドゥラの吸血子爵事件と今回の王女暗殺未遂事件の二度だけだ」
告げられた内容にはオーレリアのみならず、ヴィクトルまでもロランの顔を見つめ硬直していた。
死んで過去に戻った人間がこれで三人。 年代も生まれもまとまりはないが、こんな例が続け様にあるというのは異常だ。 死んで戻るのが当たり前ならばそもそも死刑制度など成立しようがないし、世間の常識は死ねば人は蘇らないものだとここにいる三人ともが知っている。
だとすれば一体どういった理由で自分たちは死んで戻されているというのか。
オーレリアが沈黙している中で、ヴィクトルはロランへと視線を向けたまま、動かずに問いかけた。
「何度も死んだ、と仰いましたが、貴君はどういった理由でそのようなことを繰り返されたのですか」
「繰り返した……?」
オーレリアは死んで戻るものが複数いた、ということに驚いていたが、ヴィクトルは「何のために死んで戻ったのか」に疑問を抱いていた。
その反応の差を興味深く感じながらロランは革手袋をはめた手で自分の顎をさすった。