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その名前にオーレリアは驚いて頭をさげ、ヴィクトルまでも抜いていた剣を鞘へと納めて敬礼の姿勢を取った。
ボンベルメール辺境伯ロラン・ド・シモン。 四十年前の北方守護戦争の英雄にして、アウローラ王国で唯一「聖騎士」の肩書を持つ大人物。 彼の何よりの功績は不敗ではなく、「彼の出た戦場では味方の死者が出ない」ということだった。 現在の東部戦線の膠着同様に当時泥沼化していた北方の戦場を講和に導いた平和の騎士として彼の名はアウローラ王国のみならず敵国であったアルビオン工業連合国にまで響き渡っている。
といっても活躍は四十年前の戦争を最後にし、今では半隠居のような形で領地にこもっていたはずだ。 何故、そのような人物が今日謁見の間にいたのかと狼狽えるオーレリアを見てロランは人懐こい笑みを浮かべた。
それからロランはヴィクトルに一歩下がるように告げてから国王の前に進み出て会釈をし、胸を張って口を開いた。
「マルゴー王女様の年間の衣装費用の半分を王都の孤児たちの教育と福祉のため使っていただけますよう進言いたします。 そして、ロスタン嬢には今回の冤罪への賠償とし、ロスタン伯爵の横領事件を不問に。 ただし、ロスタン伯爵の横領自体は事実でございましたので、彼には引退していただきましょう」
「お待ちを、辺境伯……ロスタン伯爵家には後継者がおりません。 私が結婚するまで後継者のいない伯爵家はどうなるのですか」
「その間は君が当主代行になればいい」
こともなげに言ってのけたロランにオーレリアは言葉を失い、彼女らしくもなく、ぽかんと口を開けてしまっていた。
そして、ヴィクトルはやはり納得がいかないというように眉根を寄せていた。 他人の命を玩弄した相手への罰がただの賠償で済まされるということを承服しかねていた。
国王はロランの言葉にようやく息をつくとうむうむと大きくうなずいた。
「あ、ああ、即座に手配をさせよう。 そ、ソレイユ大佐を連れて下がってよいぞ、辺境伯。 ロスタン嬢もこの度は迷惑をかけ……」
謝罪の言葉を口にしようとする国王に微笑みを向けてオーレリアは頭を下げた。
「陛下、臣下に謝罪など不要にございます。 我がロスタン伯爵家のものは血の一滴までも陛下の所有物にございます」
謝罪の言葉は受け取らない、そう態度で示し、言葉では恭順を訴える国王は唇をひきつらせながら、うむ、と短くうなずいた。