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しかし、いまオーレリアは自分の命よりもマルゴー王女の命を優先しているように見えた。 その理由がヴィクトルには理解できず声をあげた。
「否だ! 自身の見栄のために他者を虐げる人間は統治する側にいる限り、何度でも同じ事件を起こし得る! 罪は裁かれなければならない!」
「王族は裁かれてはならないのよ!」
ヴィクトルの怒号に怯む国王と地べたにうずくまって泣きじゃくる王女を放置してオーレリアは高らかに声をあげてヴィクトルに向き直って反論した。
ヴィクトルは何故オーレリアが王族だという理由で庇い建てしているのか理解できなかった。 理由も分からないまま彼女が自分と対立することに眉根を寄せてヴィクトルはオーレリアの顔を見つめていた。
オーレリアはまたヴィクトルがマルゴー王女に斬りかかるのではないかという不安から焦りを覚えていたが、あくまでも表面にそれを表すことはなく、自分の胸に右手を添えて語った。
「この国は王政だと言ったでしょう! もしも王家の権威が損なわれることがあれば、地方では反乱が起きかねないわ。 そうなればお前が戦っていたという東部戦線など維持できない……ことは国家の存亡に関わっている! 軍人風情が口を挟む分野ではない、これは政治なのよ!」
告げられた言葉にヴィクトルは言葉を詰まらせた。 無論、だからとマルゴー王女の罪を許せるはずもなかったが、自分が駆け抜けていた戦場がどれほどの地獄で、人と資源と財貨を無限に飲み干していく化け物かをその身をもって知っていればこそ否と言えなかった。 万一国内で暴動が起きれば東部戦線を維持する兵たちの士気はことごとく打ち砕かれてしまうだろう。
そして、反乱が起きかねない、という言葉も強ちありえないとは言えないものだった。 厳しい身分制度のせいで能力がありながら上へ行けない多くの平民出身者は今の社会のありよう、権力者たちのふるまいに不満を覚えている。 こんな時に王女が自分の我儘のために貴族の娘を処刑しようとしたことが国全体に知れ渡ればどうなるか。 民は貴族すら殺そうとする王族に自分たちの命と未来を委ねはしないだろう。 そして、勝てる確証などないまま各地で王政に対する反乱が起きかねない。
沈黙したヴィクトルはそれでも、と食い下がろうとしたが、割って入ったのはまたもあの貴族であった。
「では、国王陛下。 マルゴー王女には勘違いで周囲を騒がせてしまった責任としてご自身で投資を行っていただきましょう」
ステッキを床について背筋をはる姿はいかにも雄々しく、堂々とした貴族らしいものだった。 このような貴族を王都で見たことがあったろうかとオーレリアが考えるよりも先に、国王は縋るようにして貴族の名を呼んだ。
「お、おお、そうだな。 ボンベルメール辺境伯!」