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「何故、こんな真似を」
「……うるさいわね、平民出身の地虫の分際で、誰に物をいっているのよ!」
言うなりマルゴー王女は手にしていた扇子を振りかぶりヴィクトルを打ち据えようとした。 しかし、ヴィクトルはその腕を掴むと逆にひねった。
手首をひねられ扇子を取り落としたマルゴー王女は痛みに声をあげ、そのまま身をよじった。
「お前は、自分の嘘でオーレリアの命を奪おうとした自覚があるのか!」
ホールの中にヴィクトルの怒声が響いた。
痛みに呻くマルゴー王女を押さえつけるヴィクトルの表情は怒りと殺意で彩られ、見る者に恐怖と威圧を与えるものであった。 端正な面立ちは激しい興奮で赤くなり、目を見開かれて血走り、このまま王女の手首そのものをねじ切りかねない勢いがあった。
側にいるオーレリアの肌までもびりびりと震えて感じられたが、オーレリアは恐怖に駆られるよりも早く駆け出してヴィクトルに近寄るとぱっと手を伸ばし、マルゴー王女の腕をひねるヴィクトルの手を掴んで、離させようと引いた。
「およしなさい! お前、相手は王女殿下よ……こんな真似をしたら」
ヴィクトルの手は固く、力も強かったがオーレリアはそれよりもこのままヴィクトルが王女を殺しでもしないかということを恐れ、必死の思いでその指に手をかけて動かそうとした。
ヴィクトルはやはり怒りに満ちていたが、被害者であるオーレリアが自ら止めに入ったことでいくらかの冷静さを取り戻したのか、奥歯が軋むほどに歯を食いしばりながら王女の手を離した。
ようやっと手首を離された王女は項垂れて何かうわ言めいたことを口走っていた。
「マルゴー王女殿下……お怪我はございませんか」
オーレリアは様子のおかしいマルゴー王女に声をかけて、なるべく驚かせないようにと正面から彼女の肩に触れようと手を差し伸べていた。
「……そうよ、王女は私よ。 この国のたった一人の姫はこの私……」
ぶつぶつと呟きながらマルゴー王女は自分に手を差し伸べるオーレリアの肩を突き飛ばした。
親切らしくしようとしたところを突然突き飛ばされ、よろめくオーレリアを見てマルゴー王女は唇を噛み締め、顔を歪めながら叫び声をあげた。
「何が輝石姫よ! お前なんて顔しか取り柄がないただの伯爵家の娘にすぎないくせに、こんな女が私よりも優れているとでもいうの! あり得ないわ、そんなもの……誰が許すもんですか!」
マルゴー王女は声を張り上げるとそのままオーレリアの頬を叩いた。 叩かれたオーレリアは驚きに目を見開いたが、すぐにきっと姿勢を正し、まっすぐに王女へと向き合おうとした。