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国王は額にうっすらと汗を滲ませながらそう告げ、兵士や貴族、官僚たちを皆外へと出させていった。 しかし、一人その場に残った人物がいた。
中年程度の年恰好に見えるが背筋の伸びた男だった。 謁見の間に来ていたということは彼も相応の立場を持つ貴族なのだろうが、国王の命令に従わない人物などオーレリアには思い至らなかった。
「……申し訳ございませんが、陛下。 私はここに残らせていただきます。 万が一の時、陛下たち王族を守るものが必要ですので」
「う……うむ、伯ならば問題あるまい。 しかし、これからのことは誰にも他言無用であるぞ」
はっきりとした声で言われるともはやゴーチェ三世はそれ以上何かを言えなかった。
オーレリアは一度男を見た。 五十かそこらの年齢といったところに見えるが、髪は真っ白で左目にモノクルをかけ、黒いスーツに身を包んでいた。
「……もう、構いませんか」
最早我慢の限界だとばかりに拳を握り締めながら真っ直ぐにマルゴー王女を見据えてヴィクトルは声を絞り出した。
その目は怒りに燃えていた。 権力者という立場にありながら罪なきものに罪をかぶせようとし、命の危険に追いやったものを許しはしないという嚇怒の炎がヴィクトルの青い目の奥で爛々と輝き、その目を直視するものを焼き殺さんとしていた。
元より鋭い目に剣の刃先のような殺意そのものの光を宿してヴィクトルはマルゴー王女を見据えていた。
「王女殿下はロスタン嬢が茶会に来ていた、とおっしゃっていましたね」
口調こそ丁寧ではあるがヴィクトルは詰問する口調でマルゴー王女へと告げた。
マルゴー王女は射るような眼差しに耐え兼ねたように目線を横へと背け、一歩後ずさりしようとし、ホールの壁際へと寄った。
「ドレスを渡したのがロスタン嬢であると仰ったのも殿下でございましたね」
王女が返事をしない間にも冷たい声でヴィクトルは確認の声をあげた。 ヴィクトルの背後へと近寄りながらオーレリアは居心地が悪そうに視線をさまよわせていた。
「レイリー嬢は王女殿下にドレスを貸すよう頼まれたと言っていました」
「そ……そんなのは、彼女が苦し紛れに言ったことでしょう」
「では何故、御身は来てもいないロスタン嬢が茶会に出席していたと仰ったのか」
「そ、れは……」
「わざわざパンフレットから切り抜いた写真を合成してまでロスタン嬢が茶会に来ていた証拠として提出されたのか」
マルゴー王女は唇を噛みながら目線をさまよわせ、父である国王を仰ぎ見た。 玉座に座っているゴーチェ三世は青ざめた顔で脂汗を滲ませ、落ち着きなく顎髭をまさぐっていた。