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「あなた、自分の立場を理解しているのかしら、シャーリー。 レイリー男爵家がいくら事業で成功していたところで社交界では末席の一員。 そんなあなたに舐められるほど、私は優しそうに見えたかしら?」
簡素に結っただけの黒髪を片手で横にやりながらオーレリアはシャーリーの顔を覗き込んだ。 シャーリーは顔色を失ったように白くなった唇を震わせて自分の手を握り締めていた。
「言いなさい、シャーリー。 誰にドレスを渡したの」
「い、いえません……それだけは……」
がくがくと震えながら声を搾るようにして言うシャーリーは口元に手をあて、涙を滲ませていた。
けれど、この女が泣いたからなんだというのか、というようにオーレリアは見つめていた。 どこの誰が苦しもうが、泣こうが関係ない。 このロスタン伯爵令嬢オーレリアを敵に回して大丈夫などと思いあがった輩がいるのならば徹底的に叩き潰しておかなければならない、そんな思いでオーレリアはシャーリーと向き合っていた。
圧倒的な自己愛と自負心に裏打ちされたオーレリアと周囲に気を使ってばかりいるシャーリーとではそもそも交渉のテーブルが傾いていた。
「あなた、私に歯向かって社交界で生きていけると思っているの?」
「ぁ……ああ……!」
がくがくと震えながらシャーリーは自分の顔を両手で覆って泣き崩れた。
オーレリアに逆らったら社交界では生きていけない。 それは誇張でもなんでもない。 ただの伯爵家令嬢に過ぎないが、オーレリアは国の誰しもがしる輝石姫、この国で一番の有名人だ。 そんな相手に男爵家令嬢に過ぎないシャーリーが逆らえば社交界ではつまはじきにされるのが見えている。
例えシャーリーに非がなかったとしてもオーレリアに嫌われているというのがあからさまになれば他の貴族たちも遠巻きになっていくだろう。 まして今回はシャーリーがオーレリアを陥れる真似をして不興を買ったのだ。 それこそ社交界はおろか、王都のどこでもオーレリアを崇めるように思っているすべての人間たちの輪からシャーリーは排除される。 シャーリーは涙を滲ませながら机に顔を伏せた。
その様子を見ていたヴィクトルはいよいよ彼女が卒倒したのではないかと近寄ろうとしたが、オーレリアは腕を上げてその動作を制した。
「わ、たしに……ドレスを、貸してほしいと、おっしゃったのは……」
呼吸もまともにできないとばかりに震えたか細い声を出しながらシャーリーはたどたどしい口調で話しだした。
「マルゴー王女殿下でございます」
それを言い切ると、シャーリーは泣きじゃくり、まともにしゃべることもできない状態で机に伏せて泣いていた。
予想外の人物が出てきたことにオーレリアは驚いていた。 王女にオーレリアを陥れて得られる利益などあるはずがない。
ただの伯爵家の娘などこの国に二百人以上がいる。 にも関わらず何故オーレリアが標的にされたのか、本人は訳が分からなかった。
しかし、マルゴー王女の名が出た瞬間にヴィクトルは険しい表情を浮かべた。
そしてヴィクトルはオーレリアの手を掴むとそのまま真っ直ぐに取調室を後にした。