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「ようこそいらっしゃいました。 ソレイユ大佐。 そちらのお嬢様と撮影に?」
「いや、今日は資料を見せに貰いに寄っただけだ」
「さようですか。 失礼ですが、そちらの方は恋人でしょうか」
職員はなんら悪気無く問いかけていた。 三十も半ばにさしかかるヴィクトルはいまだに未婚であり、恋人やそれらしい噂があがることさえ今迄なかっただけに、女性をつれているというのも珍しかった。
しかし、ヴィクトル・ソレイユの「恋人」という単語にヴェールの下でオーレリアは額に青筋を浮かべていた。
この私が、この地虫の恋人? 平民の男の恋人とみられたことも腹が立つがよりによってその相手がヴィクトルということがオーレリアの腸を煮えくり返らせていた。
背後から感じられる圧力にヴィクトルは渋い顔をして目を細めた。 戦場であればどのような敵を前にしても怯むことがなかったが、こんな風に背後の至近距離から今にも襲い掛からんばかりの圧を女からかけられた経験はほとんどない。
「……違う。 ただの……」
ただの、と言ってから一瞬ヴィクトルは悩んだ。 恋人では無論ないにせよ、彼女は友人と呼ぶほど気安い間柄ではなく、かといって知人というにはお互いの秘密を知り合ってしまっている。 何よりもヴィクトルが私的な連れ合いとして女を連れていることはほとんどないだけに言い訳がましく聞こえるだろう。
そこで少し考えてからにこやかな笑顔を向けたまま見返してくる職員を見て、ヴィクトルははっきりとした口調で告げた。
「彼女は俺の同志だ」
「違うでしょう!」
告げた言葉に間髪入れずにオーレリアはつっこんだ。
言うに事欠いて同志とはなんだ。 まるで自分がヴィクトルを称賛する輩のように聞こえるではないか。 腹立ちに任せてその頬をひっぱたいてやろうかとも思ったが、オーレリアはヴェールを被ったまま職員へと向き直った。
「私とこの男は赤の他人! 利益の合致で共に行動しているだけです!」
はっきりとした口調で告げる様子に職員は動揺の色を浮かべていたが、すべてを詳らかにしてやる必要はあるまいとオーレリアはワンピースの裾を軽く持ち上げてそのまましっかりとした足取りで進んでいった。
ヴィクトルは呆気に取られている職員に一言わびてからオーレリアを追っていき、真横に並んだ瞬間に頬を思いきり打たれていた。
その様子を取り残された職員は唖然と口を開けたまま眺めていた。