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まるで自分が彼を騎士にしてやったのだと言わんばかりの口調で告げながらマルゴー王女は笑みを浮かべた。
オーレリアも東方戦線の英雄、ヴィクトル・ソレイユの話は聞いたことがある。 王国の底辺、貧民窟出身の英雄。 王国史上はじめての平民出身の士官。 それが彼だ。
平民出身――それはこのアウローラ王国では圧倒的な不利だ。 軍にしてもそうだが平民は基本的に高い地位につくことはできない。 それを覆した立志の英雄、それがヴィクトルに平民たちの多くが向ける羨望の視線だった。
「……それで、どうして警備の兵を中へ?」
少しばかり眉を寄せてオーレリアは扇子で口元を覆いながら王女に問いかけた。
「どうしてって……」
「貴方、警備なら警備らしく外にいなさいな。 女の園に男子が立ち入るなんて野暮なことをなさるのはよしなさい」
ヴィクトル本人はオーレリアの言葉に少し意外そうな表情を浮かべていた。
ヴィクトルは自分がここに呼ばれた理由が分かっていた。 王族や貴族にとって珍しい平民という雑種、そのうちたまたま良い出来を見せたものを披露するために呼ばれたのだ。 珍しい犬を自慢するのと同列。 その中で自分を軍人、男として――並みの人間として扱ったうえで場違いを指摘して退席を促してくれている。
マルゴー王女はつまらなさそうに眉根を寄せたが、オーレリアを黙らせる言葉が見つからなかったのか、扇子を閉じてヴィクトルを見た。
「そうね。 お前はもういいわ、警備に戻って」
「はい、ただいま戻らせていただきます」
マルゴー王女へと一礼をした後に踵を返したヴィクトルは東屋の入り口近くにいたリリアーヌにも一礼し、更にオーレリアの隣を通り抜けようとした際に一言声をかけた。
「かたじけない」
「……結構よ」
横目にちらりと視線を向けたオーレリアの視線に目も止めず、ヴィクトルは東屋の表に立ち、東屋へ振り向くこともせずに背を向けて佇んでいた。
自分に目を奪われない人間、というのはオーレリアからして初めての存在ではあったが、軍人が仕事に打ち込むというのはそういうものなのだろうと納得し、末席近くに座ろうと東屋の手すりにそって設えられたベンチに近づいていった。
「ロンタス嬢、どうぞこちらへ」
「ありがとう……レイリー嬢」
席を譲ってくれたのはレイリー男爵家令嬢シャーリーだった。 柔らかい栗色をした髪にあどけない顔立ちをした可愛らしい少女だ。