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けれど目の前のオーレリアは貴族でありながらヴィクトルを自分と対等の人としてみなし、その上で助言をしてくれたのだ。 これからヴィクトルが交渉するときにどう振舞うべきかを彼女は示してくれている。
ヴィクトルは柔らかく口元をほころばせた。 その笑顔はオーレリアのように華やかなものではなかったが、元が武骨な印象をあたえがちな彼の表情を和らげ、親しみを持ちやすい雰囲気を持たせるには十分だった。
「ああ、オーレリア。 俺に手を貸せ。 必ず助けてみせる」
「誰が呼び捨てにしていいと言った!」
途端に激怒の声をあげるオーレリアにヴィクトルは彼女が貴族だから怒られているのか、女心の妙を読めなかったためなのかわからず、その理不尽にきゅっと下唇を噛んだ。
翌日、オーレリアはヴィクトルと共にある写真館を訪れていた。 レイ中尉は本人に別の職務があるとのことで今日はついてこれなかった。
ヴィクトルは険しい表情を浮かべたまま、その写真館の資料室へ入る許可を得ると二、三年ほど前の新聞に掲載されていた一枚の写真を見せた。
その写真は東方戦線の兵士たちに地元の村の子どもらが花束を手渡しているものだった。 戦意高揚のプロパガンダとして絵葉書にもされた写真のうちの一枚、特に大きい写真にヴィクトルが少女から花を受け取っているものがあった。
ヴィクトルはいくらか口元に柔らかな笑みを浮かべて少女を見つめ、そして花を差し出している少女は東部という前線に極めて近い地域の村の子どもにしては小綺麗な見た目をしていた。 豊かな髪はモノクロの写真では詳しく分からないがおそらく金髪だ。 ゆるやかな巻き毛をリボンで束ね、白いフリルのついたエプロンも薄い色をしたワンピースも皺はひとつもなく、丁寧にアイロンをかけられたものだということが分かる。
地方の有力者の娘あたりだろうか。 そう考えてオーレリアが新聞を手に持っているとヴィクトルは自分の軍服の内ポケットから軍人手帳を取り出した。 革張りの手帳は端が削れ、使い古されてくたびれていたが、ヴィクトルははさんでいた写真を取り出すとそれを新聞に載る自分の写真の隣に並べた。
その写真は新聞の写真と同じものだったが決定的に違うものがあった。
「これ……別の子だわ」
ヴィクトルが見せてきた手持ちの写真に載っている子供は縮れた濃い色の髪をした少女で服も古着を何度も直したように肘につぎあてがある粗末なものであり、屈託なく笑う少女の手足は泥で汚れていた。 野良仕事を手伝っているのだろうとありありと分かるその少女は新聞に載っている可憐な女の子とは全くの別人だった。