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「私を殺す処刑人の腕が悪かったからよ」
ヴィクトルからの視線を切るようにオーレリアは一度自分の手を見つめてから、粗末なベッドの上で上体をひねるようにしてヴィクトルの顔を見つめた。
「最初に肩に斧がぶつかったとき、すごく痛かったわ。 その後は頭。 どうやればあんな下手な人間が処刑人になれるのか分からないけれど……とにかく、私の処刑はスムーズには進まなかった。 それで……お前なんかが私を憐れんで首をはねたのよ」
何度思い出しても腹に据えかねる。 憎みぬいた相手に介錯をされるなどという屈辱にオーレリアは唇を吊り上げてヴィクトルへと笑みを向けた。
「お前の手は、殺すということでしか情さえ示せないのね」
あまりに辛辣な言葉だったがヴィクトルは反論することもなくその言葉を受け入れた。
ヴィクトルもまた一度目の時の自分がオーレリアを殺したというのが不甲斐なかった。 おそらくはオーレリア自身に問題があったために一度目は処刑になったのだろうが、それでもヴィクトルは自分が手を貸してやりたいと思っていながら結局死に至らしめた事実が無念に思えた。 ならば、ある意味でこの二度目はオーレリアだけでなくヴィクトルにとってもやり直す機会なのだ。
「頼む、ロスタン嬢。 俺は貴君の命と名誉を守りたい。 手を貸してくれ」
真摯に訴えかける言葉にオーレリアは唇をほころばせた。 ヴィクトルがどれほど手を貸そうとしてもオーレリアにその手を取るつもりがなければ一度目の繰り返しになってしまう。 だからこそオーレリアは満面の笑顔でヴィクトルを見返した。
「だからお前は駄目なのよ。 交渉事で手を貸してくれだなんて下手に出てどうするの」
ベッドに腰掛けたまま鉄格子の向こうで自分を見つめるヴィクトルへと向き合い、オーレリアは笑顔から真面目な表情に変わり、そのまま唇を動かした。
「お前を救えるのは俺だけだから手をかせ、というのよ。 こういう時は」
ヴィクトルは純粋に呆気に取られたようにしてオーレリアを見つめていた。 オーレリアから向けられる憎しみや蔑みは見慣れたものだったが、いま彼女はあの茶会のときと同様に対等の人間としてヴィクトルを見ているのが分かったからだ。
同じ平民であっても今となってはヴィクトルを対等の人間として接してくる相手は少ない。 英雄として担ぎ上げられたヴィクトルは特別な存在であり、自分達とは違うものだと自らへりくだっていくのだ。 貴族たちはそれとは逆にどれほど活躍しようとも平民は平民として見下ろし、ヴィクトルのことを地虫として蔑んでいた。