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「……東部戦線でも同じように?」
「いいや、死んで巻き戻る理屈が分からなかったからな。 次にまた戻れるという確証もない以上、俺が死んで俺の背後にいる無辜の民が傷つくようなことはできない。 ただ殺し続けた」
五年ほど前には既に東部戦線は泥沼の戦況だった。 一進一退を続けてはいたが、双方ともに軍事力に大差がない以上は大きな動きがなく戦線は膠着して動かず、兵士たちを使い潰しにするようにして維持される戦場が何年も維持されていた。 無論、多少の休戦期間が挟まれることはあったけれど、それは双方に致命的な打撃を与えられないことの証左でもあった。
そこに現れたのがヴィクトル・ソレイユだったのだ。
どれほど過酷な戦況でも彼がいれば覆る。 彼だけは必ず生きて帰ってくる。 部隊のほぼ全員が戦えなくなっても彼だけは戦い続け、そして敵兵を皆殺しにして帰ってくる。
ヴィクトルの活躍は平民たちには大いに喜ばれ、貴族たちにとっては煙たがられた。 平民出身者が活躍するほどに貴族士官らの不甲斐なさが浮き彫りになっていくのだから、貴族たちはあえてヴィクトルを死なせるために過酷な最前線へ送り続けた。
普通、兵士とて人間なのだから戦い続ければ心は摩耗していく。 戦場でしか生きられない怪物のように、ただ殺すためだけの機械のように合理化されていき、結果として精神を病んでつぶれていく。 けれど、ヴィクトルは戦場で正気を失うことはなかった。
銃後の民を守る、ただそれだけの大義を純粋に遂行し、殺すということに特化しながらも暴力性に飲まれない。 それは異常だった。
殺す相手を一人の人間として尊重しながら殺すのは並みの人間のできることではないし、そんなことを続けていて精神が破綻しないほど人間の心は無茶苦茶ではない。
殺人に悦びを見出す異常者の方がよほど親しみを覚える、そう感じてオーレリアは眉をひそめたまま、上目にヴィクトルの顔を見上げていた。
ヴィクトルは静かに佇んだまま、格子を掴むオーレリアの白い細い指に目をやった。
「前の時、俺が貴君を殺したのは……何故だ」
ヴィクトルは処刑人ではない。 軍人として敵を殺すことや悪人を討つことはあっても囚人を殺すことはまずない。 それもオーレリアが無罪であることを逮捕当初から感じていたヴィクトルにとって、自分がオーレリアを殺したという言葉は信じられるものではなかった。 だが、ヴィクトルにはオーレリアが嘘をついているとも思えなかった。 それほどにオーレリアから向けられる嫌悪と憎しみは根深かった。