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告げられた言葉にオーレリアは口元を押さえた。 八歳の子供が変態的な貴族の玩具にされて殺されたのだ。 真っ当な精神であればたとえ死から蘇ったとしても恐怖でまともな生活は送れなかっただろう。
しかし、オーレリアはそれ以上に事件の最期をしっているからこそ、震えそうになる声を押し殺して問いかけた。
「吸血子爵を殺したのは……お前なの?」
エドゥラの吸血子爵は誘拐してきた子供に刺殺された。 その子供は地下で殺された子供と同じ孤児院で育ったのだとか小説で言われていたが真実を知っているのは目の前の男しかいない。 そして、答えを聞くまでもなくオーレリアは理解していた。
この男は殺したのだ。 それも、自己を守るためにではなく自分より後に犠牲になるものが出ないようにするため、悪を根から断ち切るために人を殺したのだ。
「そうだ。 俺は孤児を使用人として雇い、教育を与えるという名目で同じ孤児院から七人の子どもとその貴族の屋敷に連れられて行かれた。 そして、一度目は三日目の夜、腹を裂かれて殺された」
淡々と告げられた言葉にオーレリアは顔を歪めた。 子供を嬲り殺しにしていたという話は聞いていたが、本当に拷問の末に殺していたというのを被害者の側の視点で語られるのは物語を読むのとは別の生々しさがあった。
「死の直前に見ていたのは俺の前の日に殺された子供の頭部だ。 苦しみぬいて死んだその子供は顔を歪め、火傷にまみれた顔で宙を見ていた。 それを見た時、俺はたまらなく腹が立った。 他人の命を娯楽として踏みにじる輩を生かしていていいものかと……そんな輩が貴族として人々にかしずかれる世界を憎んだ」
オーレリアを真っ直ぐに見つめるヴィクトルの目は冷たく、底冷えするような光を宿してはいたが激情にかられることはなく、あくまでも冷静なものだった。
「意識が戻ったのは屋敷に連れられる日の朝だった。 どういう理屈で巻き戻りが発生したのかは分からないが……俺が殺されたのはそこから三日後。 ならば少なくとも、俺が殺される前日までの子供らは助けられる。 そう思った俺は、初日の夜に奴が子供を拷問するのに使っていた部屋に侵入し、そこで殺した。 その時も俺と同じくらいの年の子が鎖につながれていた」
ああ、その子どもには彼がどう見えただろうか。 恐ろしい大人を倒してくれた、自分を救ってくれた……それも、孤児の子どもなどという取るに足りない無力な存在の為に自分の身を挺して貴族に立ち向かってくれる英雄に見えたことだろう。
ヴィクトル・ソレイユの英雄伝説はその時から始まってしまったのだ。