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「野蛮人」
それだけを吐き捨てるように言ったオーレリアにレイ中尉はかっとなり、怒りに頬を赤らめながらオーレリアへと詰め寄った。
「お前、閣下が誰のために動いてくださっていると思っている!」
「頼んでもいないことで恩着せがましく振舞われる筋はないわ。 大体、大佐という肩書があるのに暴力で相手を従わせるだなんて、犬畜生の真似をして恥じるところがないのかしら、ヴィクトル・ソレイユ」
詰問するような口調で問われてヴィクトルは振り返った。 その表情は常の通り険しく、眼差しは猛禽に似て鋭かったが、そこに先ほど官吏に見せたような拒絶の色は存在しなかった。
ヴィクトルは一度頷くように首を縦にふってから、オーレリアへと向き合った。
「その通りだ。 俺のやっていることは畜生と大差はない。 王国初の平民出身の士官だから、と特別視されようと、英雄と呼ばれようと、俺の本質は紛れもない……屑でしかない」
「何をおっしゃっているのですか、閣下! 閣下の存在がなければ東部戦線はとうに後退していました!」
「それしか能がないだけだ。 俺にできるのはこの腕で、目の前の敵を打ちのめし、斬り伏せるだけだ。 俺は政治などできん。 誰かを守るためにと剣をふるっているが、その実はただ血の道を舗装しているだけに過ぎん」
「……つまらない男ね、お前は。 自分の為に生きればいいでしょうに」
心底呆れた口調で告げながら、オーレリアは証拠品の並べられた棚を見ていた。 その中には危害を加えるつもりで用意されたという細長い針とその針に塗られた毒の効能やらを記載したファイルなどもあったがオーレリアはそれらには目もくれず、美しい色紙が張り付けられた箱を手に取っていた。
「人間は誰しも自分の為に生きているのよ。 自分の人生を満たせるものは己しかいないもの。 誰かを守ってやろうだなんて……お前、いったいどこの誰を守るつもりかしら」
誰しもを守ってくれるご都合主義の化身のような英雄。 取るに足りない、顔も名前もしらないどこかの誰かの為に死んでくれる生贄。 そんなものに価値を見出すのは物語の中だけで充分だとオーレリアは笑いながら紙箱を開いた。
紙箱のなかには王女に贈られたというドレスが入っていた。
ドレスは見事な刺繍がされた白い絹で作られており、アクセントのように繻子やビロードなど材質が違う布を縫い合わせてあるのにまるで重さを感じさせず、それでいて着る者の体の動きをより滑らかで優美に引き立てる丁寧な縫製がされていた。
「アレシア王国南部の伝統的縫製ね。 服の仕立てを生地だけで行い芯地をいれていないから厚みが最低限で体によくなじむ。 こんな技術を出せるのは……そうね、セルシアの工房だわ。 あそこはアレシア出身の職人も多くいると聞いているから」
「一目見ただけでわかるのか?」
「私が年間何着のドレスを用意していると思っているのよ。 見て分からない程度の人間が服を着こなせるだなんて思わないで」