22
馬車を降り、司法局の受付に向かうとそこにいる眼鏡をかけた頬骨の高い官吏はいぶかしむように眉をひそめた。
「マルゴー王女暗殺未遂の証拠資料の閲覧ですか? ……どうしてまたそんなものを。 犯人は捕まったんですよ」
「まだ首謀者と決まったわけではない。 裁判も行っていないのだ。 証拠は徹底的に改め、万全を期す必要がある」
ヴィクトルの訴えに対し、官吏はせせら笑って唇の端を吊り上げていた。
「犯人など誰でも良いでしょう」
「なんだと」
ヴィクトルが眉間に深い皺を刻むのを見ながらも官吏は酷薄とした笑みを浮かべたまま、ヴィクトルを嘲って見上げていた。
「これは王権を維持するための見せしめですよ。 こんな厄介ごとを掘り起こして飛び火するのを喜ぶ貴族なんて誰もいませんから……まあ、輝石姫が犯人だなんて話題性がありすぎますが、誰が犯人でも一緒ですよ」
官吏の言葉にヴィクトルは徐々に無表情になっていった。
彼はこう言っているのだ。 王権の維持のために女一人を見殺しにするのは安いものだと。
なるほど、政権という秩序を維持するために犠牲が必要であり、一人を殺すことで王家へ弓引くものへの見せしめとなり国家が安泰となるならば安い犠牲だという理屈はヴィクトルにも理解ができた。 だが、理解できるということと納得できるということは別の問題だ。
無実の罪で傷つけられる人間を見捨てて得られる平和が正義であるはずがない。
ヴィクトルは無言のままに官吏の首元に巻かれたスカーフに手をかけると腕力にまかせて引き寄せた。 痩せた官吏の体はカウンターテーブルの上に引きずりあげられる形になり、純粋な暴力を予想して官吏は顔をひきつらせた。
「閲覧の許可を出せ。 この事件の調査責任は俺にある」
感情のこもらない事務的な言葉であり、官吏へと向けられるヴィクトルの目はいたって冷たいものだった。 その冷たさに自分に刃物が突き付けられていると幻視したのか、官吏は震える手でもたつきながらベストのポケットから閲覧室の鍵を取り出し、ヴィクトルへと差し出した。
ヴィクトルは無言でその鍵を受け取り、官吏のスカーフを掴んでいた手を離した。 体を支える力もまともに入らないのか、官吏はカウンターテーブルの白い天板の上にべたりと崩れていた。
ヴィクトルに続く形で閲覧室へと入ると他に誰もいないことを確認してからオーレリアは顔にかかっていたヴェールを捲りあげ、麗しい目元を非難に細めてヴィクトルを睨みつけた。