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「それで、正直な話この暗殺未遂で私以外に疑わしい人間はいないの?」
「茶会に来ていた他の令嬢たちだろうが……ロスタン嬢、貴君を含め、彼女らに王女殿下を弑して利益を得るような人間はいない」
それはそうだろう。 王位継承者である王子たちであればまだしも、いずれは他国に嫁ぐ王女となれば王家にとっての価値は外交手段の一つに過ぎず、そして現王家に対してそこまで反発を覚える勢力は上位の貴族にはいない。
その理由はひとえに現在の国王ゴーチェ三世が無能な暗君であり、貴族たちの承認くらいしか仕事をこなさないからだ。 これで国王が自己判断を行えるのなら利益の対立した貴族派とで権力闘争が起きる可能性もあったが、生憎と政治にさしてやる気を見せない国王ならばお飾りとしてなるべく長く玉座に座っていてもらった方が都合がいいと皮肉にも政権はまとまりを見せている。
そういったことを思えば、今回の王女暗殺未遂にはそもそも利益の面からの動機が誰にもない。
「となれば、私怨かしら」
「王女個人の人間関係となれば俺では探り様がないな」
「やはりまずは証拠を固めてこの女が無罪であることを証明するほかなさそうですね」
こんな女のために労力を払うのか、という心情をありありと眼差しで訴えながらレイ中尉はオーレリアを見据えていた。
ヴィクトルもそれに同意するように頷くと、静かにレイ中尉へと耳打ちをした。
「か、閣下! 本気ですか?」
「俺は冗談は上手くない」
昼下がりの王都の大通りを馬車が走っていた。 装飾などがほとんどない質素な馬車であったが扉には王国の軍の紋章が描かれていた。
「まずはあちらが提出した証拠写真の矛盾を証明しよう」
「一番分かりやすい方法としては替え玉でしょうね。 同じような背格好の女にドレスを着せておけば遠目には似ていると思えるかもしれません」
馬車の中の狭い空間でレイ中尉はヴィクトルの言葉に思いつきやすい推理を述べた。 無論、レイ中尉もこの思い付きを本気で口にしたわけではない。 替え玉など用意することはできないのだ。
「無理でしょうね。 横顔とはいえ私と似ているとなれば必ず話題になるわ」
庶民が着るような簡素な木綿のワンピース姿でオーレリアは呟いた。 頭から濃い布地のヴェールを被り素顔がのぞかれぬようにはしていたが、背筋をぴんと伸ばして座席に座る様は品があった。
現在、王族暗殺未遂という重罪を負っているはずのオーレリアを連れ出すともなればいくらヴィクトルでも相応の責任を追及されるはずだが、彼はそのリスクを負ってでもオーレリアを連れ出す意味があると考えていた。