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最近まで前線にいたヴィクトルが気付かないのは仕方ないが、仮にこの写真が証拠として貴族たちの前に突き出されたとしても、「半年前に流行った生地で今更ドレスを作るなんてあの輝石姫がするはずがない」と誰もがいうことだろう。
「ならば……やはり、貴君は無実の罪により投獄されたこととなる」
「し、しかし、閣下! ことは王族暗殺未遂でございます。 このような嫌疑をかけられた状態で彼女を釈放することは」
「だからこそ、俺が彼女を直接担当することにした」
「え?」
今度はオーレリアが意外そうな声をあげた。
「ロスタン嬢オーレリア。 貴君の身元を俺が引き受ける。 貴君が罪がない、と証明してくれた以上、俺は全力をもって貴君の疑いを晴らすため奔走しよう」
向けられるヴィクトルの視線には一点の曇りもなく、彼が虚偽やその場しのぎの不誠実でオーレリアを騙そうとしているとは到底思えなかった。
「貴方……私を陥れるために担当になったのではないの?」
「当然だ。 元より、この事件は首謀者発覚までが不自然に短かった。 誰かが裏で絵図をかいているのは明らかだろう」
オーレリアは肩から力が抜けていくのを感じていた。
ずっと敵だと思い込んでいた。 ヴィクトルこそが自分達親子を不幸にした張本人であり、第三者が真実に辿り着かないように自分を監視していたのだと思っていたのだ。 それが実際には真逆に王族暗殺未遂の嫌疑そのものを疑い、オーレリアを助けるためについていたのだ。
言われてみれば王族暗殺未遂の首謀者を一年も生かしておくのも、貴族としての斬首刑のみで済まされたのも異例だった。 三百年前に国王を刺した暗殺犯は生きたまま八つ裂きにされた上、その亡骸を松脂と硫黄とで焼き払われたのだ。 自分は最初からヴィクトルに温情をかけられ、生きる機会を目の前に出されていたのだ。
そう思うとオーレリアは自分の口元に手を添えて、深く息をついてから笑みを浮かべた。
柔らかな花もほころぶ笑顔。 投獄された薄暗い地下室の中にまるで彼女のまわりだけほのかな月明かりが差したかと思うような笑みだ。 オーレリアを毛嫌いするレイ中尉すら思わず呼吸を忘れ、頬を赤らめてオーレリアに見とれてしまっていた。
そんな笑顔を浮かべてオーレリアはヴィクトルへと言葉を放った。
「私はお前がこの世で一番嫌いだわ」
その言葉に最初に反応したのはヴィクトルではなくレイ中尉だった。
「閣下! やっぱりこの女、ろくでもないですよ!」
「……俺と貴君とは、ほとんど初対面だったはずだが、どこで俺はそこまで嫌われたのだ」
「一年通してお前だけを憎みぬいて生きてきた女の気持ちを高々温情二つで帳消しにできると思わないで」
そう断言するとオーレリアは笑顔を消し、真面目な顔をしてヴィクトルへと向き直った。