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「馴染みの職人など、いくらでも言いくるめられるではありませんか」
間に挟むように入ってきた声にオーレリアとヴィクトルの視線は地下房の入り口にある扉へと向けられた。 鉄扉を開いて中へと入ってきたのはまだ年若い軍人だった。 黒い軍服を形式通りにきちんと着込み、色白のうなじから続く刈り上げも青々とした少年だった。 士官の襟章をつけているところを見ると大方彼も貴族なのだろう。
「レイ中尉、ロスタン嬢に思うところがあるのか」
「そうではありません。 ですが、動かぬ証拠もあるのに何故閣下がこの女に肩入れするのかわかりかねております」
如何にも理想に満ちた青臭い言葉を吐くものだと呆れながらオーレリアは笑みを浮かべた。
「貴方、随分と私を犯人にされたいようですけれど、証拠とはなんなのかしら。 私、その日は王宮に足を運んでもいませんでしたわよ」
「証拠ならばここにある」
そういって突き出された写真は王宮の庭で撮影されたものだった。 モノクロではあったし、オーレリアは横顔で写っていたが確かにそこには彼女の姿があった。
けれど、写真を突き付けられたオーレリアは眉根をよせて唇に人差し指を添えた。
「そのドレス……マダム・フォンターヌの去年のドレスね。 もう私の手元にはないわよ」
「処分したのでしょうね、こんな証拠になるものは」
「そうじゃなくって」
少し考えるように息をついてから、自分の顔を見てくるヴィクトルを一度睨み、再度レイ中尉へと視線を戻しオーレリアは口を開いた。
「私、一度着たドレスは二度と着ないの」
「は?」
「は?」
この言葉にレイ中尉のみならずヴィクトルまでも間の抜けた声を出したのは意外だった。 この男でもこんな声を出すことがあるのかと多少の驚愕を抱きながらもオーレリアはレイ中尉の目をしっかりと見据えて答えた。
「このドレスを着ていたのは去年のことよ。 マダムの工房にも領収書が残っているでしょうし、なんなら今の持ち主も分かっているわよ」
「ま、待て、待て! 一度着たドレスは着ない? そ、それは社交用のドレスのことか……いや、それだけだって年間で」
「毎日着るドレスだけれど?」
「そんなことをしてるからお前の父親が横領するんだろうが!」
レイ中尉は今にも泡を吹いて倒れそうになりながらも声を振り絞った。 しかし、オーレリアにすればいままでごく当然に十七年してきた生活習慣を唐突に否定され不服であった。