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男たちが立ち去るのを確認してからヴィクトルが格子の扉を閉め、鍵をかける音をしっかりと聞いてから、乱れた髪を整えてオーレリアは衝立の奥から姿を現した。
「お前が遅いせいで厄介なものが入り込んだではない」
「……申し訳ない。 軍規の緩みを見逃したことは間違いなく俺の問題だ。 貴君の言葉も最もなことだ」
頭を下げて謝るヴィクトルの姿は誠実そのものであり、事件を捏造してまで自分の地位を向上させようとするような人間には到底見えなかった。 しかし、それでも納得しかねるようにオーレリアは自分の顎先に細い指を押し当てた。
「それで、何をしていたの。 前はすぐに来たくせに」
「前……? 貴君と俺とは以前に茶会で一度会っただけのはずだが」
「お前は覚えていなくても私は覚えているわ。 よくもあんな屈辱を与えたわね」
ギリギリと歯噛みをするオーレリアを見ながら理解できない、とばかりに息をついてから、ヴィクトルは自分が持ってきた書類を取り出した。
「これがロスタン伯爵の横領の証拠である帳簿と裏帳簿の写しだ」
そう告げて鉄格子の間から差し出された帳簿を受け取るとオーレリアは無言のまま読み始めた。
オーレリアには帳簿をつけた経験はない。 しかし、父や長年仕えてくれた執事の字を見間違えることはなかった。
ぺらぺらとページをめくっていくと中には例年通りの収益があったにも関わらず、蝗害や水害により税収が著しく減じていた、という点や不自然な設備投資の跡などが見て取れ、オーレリアは眩暈がしそうで額に手をそえてから帳簿を格子の間からヴィクトルに手渡した。
「……お父様はしていたわ」
「横領は認めるか」
淡々としたヴィクトルの口調も今は腹が立たなかった。 まさか父が本当に横領をしていたとは思わなかったショックにオーレリアはふらふらよろめくようにしてベッドに座り込んだ。
ある意味、父が処刑された時よりも衝撃が大きかった。 何を思って父が横領をしていたかは概ね分かる。 オーレリアに最良のものを与えるために税収を超えた浪費が必要になったのだ。 そして、その超過分についてオーレリアはずっと父の経営の才覚だと思い込んでいた。
「……お父様の件は、ともかく。 私は王女殿下の暗殺未遂なんて知らないわよ。 いつの話かしら」
「三日ほど前だ。 殿下主催の私的な茶会の席で貴君から送られたドレスから毒針が出てきた、とのことだ」
「三日前? 三日前ならば私、今日のパーティーのための靴を職人に持ってきてもらっていた日よ」
「ならばアリバイがあると」
「フランセス工房のジャンという職人よ。 彼自体はまだ見習いといったところだけれど……その師匠は私が小さいころからの馴染みの職人だから」
子どもの頃、初めて父が家に呼んだ職人に靴の採寸をしてもらったことを思い出し、オーレリアは僅かに表情を緩めた。 もしかしたらあの頃には既に横領をしていたのかもしれないが、それでもオーレリアにすれば父からの愛情に満ちた思い出に違いなかった。