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溜め息をついて腰を下ろしたベッドはすっかり自分に馴染んで感じられ、その不服にオーレリアは苦笑を浮かべていた。
そのまましばらく、以前のように壁を見つめていたがいくら待てどもヴィクトルは来なかった。 おかしい。 前に投獄された時は投獄直後にヴィクトルが現れ、尋問をしようとしていたはずなのだが今回は何故来ないのか。
しかし、不意に地下牢に足音が響いた。 漸くヴィクトルが来たかと思ったが、足音が二人分であったことにオーレリアは不信感を覚えた。
「これが輝石姫か」
「確かに美人ではあるな」
それは下卑た笑みを浮かべた兵士たちだった。 黒い軍服を着てはいるが靴はくすみ、無精ひげも生えた有様であり、到底真っ当な軍属には見えなかった。
男たちは無造作に格子の扉を開けると中へと入ろうとしはじめ、オーレリアは目を見開いて立ち上がると男たちの無礼を怒鳴りつけた。
「無礼者! 女の部屋に入るとは何事か」
「何が部屋だよ」
嘲るように笑って男がオーレリアの腕を掴んだ。 太い芋虫のような指が腕に食い込む気持ち悪さにオーレリアは顔を青ざめさせた。
思えば前回は毎日ヴィクトルが来ていたからこそ兵たちに統率があったのだ。 いつ来るか分からない上官の存在に怯えて、誰もオーレリアに乱暴をしようと企まなかった。 単純な暴行にしても性的な危害であろうとオーレリアには及ばなかったのだ。
だが、オーレリアには並みの令嬢のように卒倒する可愛らしさは微塵もなかった。
「離せと言っている、この下郎!」
男の軍靴の爪先目掛けてオーレリアはヒールで踏みつけた。
「いてえ! この、女!」
侍女たちが整え、結い上げたオーレリアの髪を掴んで頭を上げさせる男をにらみ返してオーレリアは口元に笑みを浮かべた。
「女をものにするのに腕力頼みだなんてよほど女に不自由なさっているのね。 その顔と頭じゃ仕方ないことよ!」
男の顔は怒りに真っ赤に染まり、拳を振り上げようとしたその瞬間だった。
「何をしている!」
雷鳴のように轟いたのはヴィクトルの怒号だった。 額に青筋を浮かべ、怒りに目を見開きながらしっかりとした足取りでヴィクトルは兵士たちが押し入ったオーレリアの房の前に立った。
「ロスタン嬢はいまだ容疑者に過ぎない。 拷問の許可も下りていない。 何故、彼女に触れている」
地下の鉄格子を前にして怒りをむき出しにする上官に兵士たちは怯んだのか、手から力が抜けたことでようやくオーレリアは身を離すと衝立の奥へと走り込んだ。
「中央の兵士は腐敗が進んでいるというが……その真相をこの目で見ることになるとは思わなかったぞ。 ジャック、アンリ、お前たちの沙汰はおって行う。 この場を立ち去れ」
「……は、はい、大佐」
不服を噛み殺したような声ではあったが軍において上官の命令は絶対である。 まして今は自分達に負い目があることを自覚している以上、彼らに逆らう余地などあるはずもなく房から出ていった。