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8:冷たい地下牢

 ジゼルは冷たい地下牢にいた。


 森で対峙した男は開口一番にエドの名を口にした。それだけで彼の仲間が迎えに来たのだと胸が切なく音を立てたが、そうではないことをジゼルは男の歪んだ微笑から感じ取った。


 魔女かと問われ、頷いた。


 幸い雨合羽を着ているおかげで髪色も分からない状態だ。今までのジゼルなら、即座に否定しただろう。

 けれど昨夜、ジゼルは魔女である事を恥じずに生きていこうと決意したばかりだ。恐れられるのは「魔女」であり、「ジゼル」ではない。自分という人間を知ってもらえば、魔女であっても受け入れられるのではないかと期待した。


 期待した結果が、これだ。


 冷たい石の床に座り込んだまま、膝を抱えて蹲る。体に張り付いた服が体温を奪いひとり寂しく震えていても、雨音さえ聞こえない地下牢はしんと静まり返っていて誰の気配もしなかった。


(……約束、破ってしまった)


 抱えた膝に頭を埋めて、瞼を閉じる。


「……エドさん」


 記憶によみがえるエドの、傲慢で不貞不貞しい笑みが瞼の裏に熱い雫を引き寄せてくる。泣いては駄目だと唇を強く噛んでゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、ジゼルは心を押し潰すような地下牢の凍えた空気に必死で耐えるしかなかった。






 どれくらいそうしていただろう。

 窓もなければ時計もない地下牢で、時間を知るのは難しい。ジゼルはゆっくりを顔を上げ、改めて地下牢を見回した。


 森から連れて来られた場所は、イファヴァールを治める領主の城だった。そのまま地下牢へ放り込まれたジゼルは、ここに来るまでの間にブライアンと呼ばれていた男と騎士たちの会話からエドが何者であるのかを知った。

 何となく身分の高い人間だとは思っていたが、まさか領主の息子だったとは……。そう思い返して、自嘲気味に笑う。


 傲慢に見える態度も、買い物の仕方が大雑把なことも、纏う雰囲気も、全てがジゼルとは違う。彼は高貴な身分の人間で、本来ならばジゼルとあの森の粗末な家で寝食を共にする間柄ではないのだ。


 自分とエドでは住む世界が違う。

 現実を理解はしても、それを認めてしまうには、もう遅い。ジゼルはエドと長くいすぎてしまった。


(戻ってきて嬉しいなんて……そんなこと言える立場じゃなかった)


 急に手の届かない場所に行ってしまったエドを思うと、途端に胸を締め付ける悲しみの名前に気が付いた。

 あぁ、と声を漏らして、再度目を閉じる。


 ――自分はエドが好きだったのだ。






 コツコツと、石の床を歩く足音が聞こえた。

 地下牢の階段から聞こえてくるその足音は、少し早足で駆け下りてくる。ついに裁かれるのかと怯えて顔を上げたジゼルの瞳が、驚きとほんの少しの喜びに大きく見開かれた。


「エド……さん」


「勝手にいなくなったと思ったら、こんな所で何をしている」


 言葉は乱暴だったが、それを口にしたエドは僅かに息が上がっている。心配して急いで来てくれたのだと思うと、箍が外れたようにジゼルの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「エドさん……。エドさん!」


 子供のように泣きじゃくるジゼルの声に急かされて鍵を開け、足早に中へ入ると、その勢いのままジゼルの体をかき抱いた。濡れた体はすっかり冷えてしまい、小さく震えるジゼルを暖めるように更に強く力を込めると、胸に縋ったジゼルの手がエドの服をぎゅっと握りしめた。


「俺の側を離れるからだ。阿呆が」


 そう言って、ひどく優しい手つきでジゼルの髪を撫でてやる。そのぬくもりに気持ちの落ち着いたジゼルが、泣くのを止めて躊躇いがちにエドを見上げた。

 涙に濡れたエメラルドの瞳がやけに煽情的で、こんな状況下であるにもかかわらずエドが引き寄せられるように唇を寄せる。その背後で、これでもかと言うほどわざとらしい咳払いがした。


「エリック……」


 恨めしげに振り返ったエドに、エリックが同情的な眼差しを向けている。


「申し訳ありませんが、今はそれどころではないかと」


「主人に向かって随分な物言いだな」


 いつものエドとは違い、エリックの前では少しだけ雰囲気が柔らかい。おそらく長い付き合いでお互いを信頼し合う仲なのだろうと思うと、自然にジゼルの頬が緩んだ。


「それで、そちらが例の女性ですか。なるほど……見事な黒髪ですね」


「あ、ジゼルと言います。助けて頂いてありがとうございました」


 律儀にお辞儀をしたジゼルに、エリックの方が面食らってしまう。素直で礼儀正しいジゼルを一目見ただけで、エリックの中にあった「魔女」の概念が崩れ去る。人の噂とは分からないものだと、改めて思い知らされた気がした。


「では、行くぞ」


「どこにですか?」


 手を引かれ牢を出たジゼルが問うと、振り返ったエドがにやりと笑った。


「魔女よりも金獅子の方が恐ろしいことを教えてやる」

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