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おっさんだからって舐めるなよ  作者: アイアンアボカド
2/2

やさぐれたおじさん

「……またやったわ、ったく」


時計を見れば深夜2時を過ぎた頃だった。


カーテンの隙間から床を照らす光は、自然の明るさではない、恐らくは電灯の光だろう。


やろうとしてた家事だったりをやらずに寝た後悔と軽い苛立ちで、目覚まし代わりにベランダに出て外の空気に触れる。ここから見える昼間かと思うほどの明るさで賑わいを見せるあの地区を前にすると、無性にタバコが吸いたくなる。


無為に時間を過ごしたと感じるとなおさらだ。


ポケットの中のくしゃくしゃになった箱から一本、タバコを取り出し火を付けてゆっくりと吸い込む。吐く煙の匂いはいつ吸っても懐かしいと感じるが、やはり今日はなおさらだ。


またこの日が終わった。


もう何度目の誕生日だろうか。


生まれてから今の今まで、俺は自分の誕生日というものがあまり、というか全く好きではない。しかし、忘れようにも忘れられないのだ。


嫌いとはいえ、今の俺を作ったのは誕生日にあいつが俺に寄越したこの力だ。







俺は一人だった。


生まれてこのかた親というものを知らない。


子が本来与えられる無償の愛を、無性の優しさを、不変の知識を、俺は得ることなく育ってきた。とはいえ、いきなり自立した生活を送れるようななりで生まれて来たわけじゃない。当然、世の中にはいろんなやつがいる。


一人だった俺を拾い、育てた馬鹿野郎がいた。


10歳まではその人に育てられた。どういうわけかは知らないが、その人は優しかった。俺がその年齢で何をその人にしてやれるかなんて考えなくてもわかる。


何も出来ない、ただのお荷物さ。


自分で自分がお荷物だなんてことは5歳くらいから分かってたから、その人を気味が悪いと思ったことさえあった。今考えれば俺はなんて嫌なやつで、ひねくれたやつだったんだろうな。ただ一つ、その人は決して裕福じゃなかった。


だからこそ気味が悪いと思ったんだ。


普通考えるか?自分が貧乏なのに見知らぬ赤子拾って育てようだなんて。


俺は思わない。


だが、その人は俺を育てた、それは変わらない事実だ。


もちろん生活は貧しいものだったさ、時代が時代だったからな。今みたいなうまいパンや米なんかねえ、その辺の石ころみたいなじゃがいもとしょっぱくて臭い肉


これでも豪華な方だった。


酷い時はその辺の枯れた草や木を齧った。もちろんすぐにやめたけどな。不味くて食えたもんじゃなかったし、何より止められたからな。


今でも夢に出てくる。


年齢は幾つくらいっだったかな、30くらいか。栄養が足りてない感じの痩せ細った女の人だったよ。黒い髪の毛はボサボサで、指はほぼ骨と皮しかないんじゃねえかっていうくらいだった。時折見える腕も足も大体一緒だ。


どうやって金稼いでるんだろうって思ってたんだが、まあ、蓼食う虫も好き好きだよ。


生きる為に身体売ってたんだ。


その辺の今で言うところのマニアってやつらに売ってたんだよ。もちろん、そんなことして稼げる額なんてたかが知れてるが、その人は悲しいことに学がなかった。


だからそれしかなかった。


それでもその人は俺に当たるわけでもなく、気丈に振る舞っていた。


そんな生活を続けて10歳になる誕生日のその日、俺はまた一人になった。


理由は簡単だ。


その人がどこぞの国のお偉いさんに気に入られ、その人がお偉いさんの側に移動することを命じられた。俺をその人は同行させようとしていたが、俺はもう荷物になるのは嫌だったからその人の前から消えた。逃げたっていうほうが正しいな。


その日の夜、行くあてもなくうろついていて、気が付けばあいつが俺の前にいた。



「どうしたんだい?何故泣いている?君から逃げたのに?何故だい?カザキ君?」


「誰だよあんた」


「僕はまあ・・・誰でもいいじゃないか。どうせ今日以降は君とは会わないんだし」


何で俺の名前を知っているのかと思ったよ。カザキっていうのはあの人が俺にくれた最初のプレゼントだ。俺は誰にもそのことを言っていない。


だからこそ、そいつは恐ろしく気味が悪かった。そしてそいつを見た瞬間、俺はある話を思い出した。


『夜な夜な変なのが歩いてるらしいのよ。出会った人間は生きて帰れないから決して夜は出歩かないこと。いい?』


もちろん、この話を俺にしたのは俺を育てたあの人だ。


そしてこいつで間違いないっていうのは見た瞬間に分かったよ。


だいたい今の大きさでいうところの、4メートルくらいはあった。一つの大きな人間の口を中心に人間の顔が四つ、顎を外側に向けてさながら花のように開いている。全部の顔はそれぞれ満面の笑みを浮かべながら、俺を見下ろし品定めをしてるみたいにジロジロと見てきた。


大きな黒い布で身体を覆ってはいたが、多い切れない足のようなものが二本、いや正直なところ足かどうかも分からなかった。人間の足を肩から一本生やして、足首より下を取っ払て腕をそこから5本ずつ生やせば、そいつの足の完成だ。腕や足の太さも、100kg越えの人と同じくらいで、まさしくバケモノそのものだった。


「……お前、噂になってるやつだろ」


「ははは、精一杯の虚勢を張って。可愛いねえ、子供というのは。そのくらいの齢なら正直泣き喚いて親に助けを求めるような姿を僕は見たいんだけどね。君じゃ期待出来なさそうだ。助けを求める相手から逃げてきたんだもん」


そいつは俺がその日行なった行為を全て知っているかのように、小出し小出しで俺のその日の出来事を話しに混ぜてきやがった。声は全ての口から出ているようで、複数の人間が同時に話しているのにそれらは不協和音のような重なりを持ち、俺の恐怖をかき立てた。


「君、どっちがいい?僕みたいなものになるか、死ぬか」


俺はどっちを選んだと思う?今、俺は生きてる。ただ不思議なことに、俺は後者を選んだ。







『おはようございます。朝のニュースです。先日から行われていた〜』


ニュースキャスターの声を目覚ましがわりに起きるのは誕生日の翌日なら恒例のことだ。


やる事もないが起きていないと、また昔が思い出されて嫌な気分になる。だから起きる事以外選択肢がない。


ベッドから出てテレビ前に座り、ボケーっとチャンネルを回す。いつも見ているわけではないが、一ヶ月に一回くらいで見ていたニュース番組でチャンネルを止め、しばらく見ていたが俺の知っている女子アナと男子アナが出てこない。


「おいおい、何代目だよ。俺は前の人ほうが好みだったんだけど」


最近の流行なのか知らんが、人がころころ変わるのはあまりいい気がしない。ついこの間覚えた人の名前もわずか二、三週間で聞くことは無くなる。時代とは残酷なものだ。


「……はあ」


昨日と同じようにベランダに出て、一服。


下を見れば数えきれないくらいの人が忙しなくあちらこちらへ歩いていく。そんな人達を見ながら吸うタバコは、なんでか知らんが悪いことをしているみたいな感じで、心なしか美味しく感じる。

正直なところ、彼らと俺は生活リズムや仕事内容も全然違うから、少し社会の歯車から離れている自覚はある。毎日ベランダで吸って外の景色を見ている俺は、この現代社会に対して少しの疎外感を感じ始める頃がタバコのやめ時だと決めている。


「…飯でも食うか」


冷蔵庫を物色するが、昨日の残り物くらいしかない。


別に嫌だというわけではないのだが、何というか今日はこれらを食べる気分ではない。こういう時は決まってコンビニで済ませる。このコンビニという言葉を覚えるのには対して時間はかからなかったが、長く生きていると物覚えが悪くなるというのは本当らしい。シンプルにどうでもいいことだと覚えるのにさらに時間がかかるようになった。


「コンビニ、コンビニ〜」


着の身着のままで行こうと思ったが、シャワー浴びて気分転換しようと風呂場へ向かう。


洗面所の鏡に映る顔は、いつも通り全く変化のない顔だ。白髪の混じった少し長い髪の毛、無精髭を生やして気怠そうな目、少し低い鼻に血色の悪い唇。肌もあまり健康的とは言えないな。


ヒゲは剃りたくなったら剃る主義なせいで、最近では剃るのが面倒なくらい伸びた。まじまじと顔を見ているとヒゲにも白髪を数本発見し、老いを感じ少し凹む。


「歳はとりたくねえもんだな」


シャワーを浴び、髪の毛をオールバックにして眼鏡をかける。ここまでやったらもう服もきっちり着てやる。ジーパンに半袖という格好が俺のきっちりなのだが、職場の人間はこれは大学生で終わらせるべきファッションだという。


正直うるさいとは思うが、考えてみれば年相応の格好というものが、今のマナーだ。


ジャケット着てればいいか。







相変わらず忙しそうに動く人々の手には絶対スマートフォン。

みんながそいつらを見ながら歩いてるのを見ると、どっちがどっちを操ってるんだか分からない。昔もこんな風に本に食いついてる奴らがいたりもしたが、なんだか現代人は虚ろな目をしている奴が多い。


「どうぞ〜、どうぞ〜」


ふと可愛らしい声のした方を見るとテイッシュを配っている女性がいた。

見たところ二十代前半ぐらいの、少し背の高い大人びた女性だ。少し言葉は悪いが、彼女は性格のキツそうな顔をしているが、周囲は彼女の外見が他人に与えるイメージを払拭するほどの明るい笑顔の魅力とそのギャップのある声に皆は取り憑かれ、彼女の前には行列ができていた。


しかしまあ、何というか彼女のよう美貌を持ってしても、満足出来ないというのは不幸というか、悲しいものがあるな。


列に並ぶことなく、俺はズカズカと彼女に向かって歩を進める。

横から憎悪満点の、まるで罪人が被害者と世間から向けられるような目線を受けつつも、俺の見た目のせいか誰も文句を言ってくることはない。ただただ抗議の視線を送ってくるだけだ。


だったら遠慮はしない、


歩みを止めず彼女のすぐ横まで行くと、彼女の前でヘラヘラしている男を退かし彼女の腕を掴む。


掴まれた彼女は少し戸惑い、先ほどの笑みもすっかり消え、怯えた様子でこちらを見ている。これはそこらへんのやつなら引っかかるわ。


だけど、もうこっちもおじさんなんでね、そんなものに騙されるような歳じゃないんだよ。


「おねさんから離れろ!!」「退けよ!!」「さわるなジジイ!!!」


彼女の前に並んでいた奴らが、奇妙な一体感を持って俺を囲み、自分たちのカバンやスマートフォンを俺に向かって投げてきた。

一昔前に流行ってた魔女狩りを体験しているかのような気分になったが、石じゃないだけマシだと思いつつも、やはり鬱陶しい。黙らせることは容易だが、こんな奴らはどうでもいい、用があるのはこの女だ。


「……あの、何か御用でしょうか?」


「この手袋つけてるやつ見たら、気をつけるように言われてないか?」


彼女の手を持ち上げ、俺の手をまじまじと見せる。

彼女はいきなり顔を歪ませ、その華奢な見た目とは裏腹に俺の腕を両腕で掴み返して肘が本来曲がらない方向へとへし折った。あまりに早い動作、加えて油断していたこともあって俺はあっさりと彼女に逃げられたため後を追おうとしたが、いいタイミングで彼女を守るように分厚い肉壁が俺の前に立ちはだかった。


こういうところがめんどくさいから嫌なんだよ、人間は。


「殺されたいか?」


折れていない右手で腰に下げていた銃を取り出し、先頭に立っている男の脳天につきつける。女のために戦おうとする男は立派だが、兵器の前では人は無力だ。まして軍人ではない、やはり一般人は一般人だ。軽く威圧しただけですぐに退いてくれた。


しかし、あの肉壁はかなり役に立ったようで、俺は彼女に距離を稼がせてしまい、人がせわしなく動く昼飯時の人混みに彼女は姿を消した。


「……くそっ、寝起きはダメだなやっぱり」


こんな中から見つけるのは骨が折れる、だが見つけないとどうなるか分かったものじゃない。


手当たり次第捜索していた数分後、けたたましい爆音と共に悲鳴が響き、周囲一帯の活動が数秒止まった。何百人、何千人という人間がゆっくりと悲鳴をあげながら、こちらに向かって走りはじめる。何かが起きた、というよりもアレが起きたの方が正しいか。爆音と悲鳴をあげる人々を感染源に、恐怖が人々に伝染し、支配していく。


「逃げろ!!!「そっちは危ないぞ!!」「【T】だ!!!」


感染した恐怖は人々から冷静さ、配慮を奪い、他者を押し退けて生きようとするその様は、野生動物が捕食されまいと逃げる様子と変わらない。結局は人間も動物なんだと、俺はこの力を通してよく知った。ただ、探す手間と一般人の安全を気にする手間が省けてこっちとしては大助かりだ。


「……今行くから待ってろ」


誰かが乗り捨てたであろうバイクにまたがり、逃げる群衆を退けながら彼らが進む方向と逆の方向へと向かう。次第に周囲の景色は荒れていき、進んで行くほど煙の匂いに混じって鉄臭いにおいが漂い始めた。さっきまで動いていたであろう車や人が、原型を留めない様子で転がっているのがちらちらと目に移る。


聞こえてくる子供の金切り声、死にそうな人間のかすかな呼吸が、年老いて鈍くなった俺の心にも鋭く突き刺さる。いくつになっても、人間は痛みに関しては敏感でいるのが正直一番地獄だと思う。


俺がその口だから。


「さて、そろそろか」


そう呟いた刹那、目の前の景色が一転した。

1秒足らずの僅かな時間だったが、俺が受けたダメージは『死』を考えるには十分すぎるほどだった。目の前でパチパチッと燃えているバイクと、覆いかぶさるように炎をあげる原型をかろうじて保っている車。


ああ、車か。さっき飛んできたものは。


少し、ほんの少しだけ横を向いたその時に、飛んできた。反応が遅れたせいで俺は乗っていたバイクごとはねられたかと思うと、けたたましい爆音と共に炎を上げ、見事に俺を吹き飛ばした。目の前で燃える二台の様子を見る限りだと、死んでもおかしくはなかった。


さっきとはうって変わって、目を閉じているわけでもないのに、俺の目は俺から見た右側の世界しか映さず、バイクのハンドルを握っていた腕は、左手を残してハンドルと一緒に何処かへ飛んで行った。足も腿の付け根辺りから、乱雑にちぎったようパンみたいな雑な切り口を残して消えている。


運がいいな。ただ、ほっといたら普通に死ぬな。


顔にも感触がない。

周囲の匂いが一切感じられなくなっているし、視界の下の方にいつもなら映っている肌色の突起が見えない。おまけにいつもなら感じられる舌や歯の感触が一切ない。触っても確認してもいいが、触っても無いものはないのなら、パニックになるだけだ。


早めに治療しないとまずい。


焦りはするがパニックになるほどではない。こういう経験は何度もある、というよりかはこういう経験ばっかだ。今までの一番最悪な状況よりはまだいい。


幸いなことに残った腕は動く。ゆっくりと空に向かって腕を伸ばし、心の中で『開放』と呟く。俺の手が届くくらいの位置に現れた、机の引き出しについているような銀色の取っ手に、かろうじて動く指をかけて引っ張ていく。


引っ張っていくにつれて姿を現すのは、複数の鎖にぐるぐる巻きにされた一本の朧げな光を放つ棒きれだ。それを鎖ごと掴み、強引に引っ張ると、鎖の砕ける音と共に段々と拘束が緩くなっていく。遂には自由になった棒切れを、俺は自分の腹に思い切り突き刺した。


それでも腕には力がほとんど入らず、棒の入り具合がかなり浅かったため、作用するかどうか心配だったが、俺の心配とは裏腹に棒切れは着実に俺の体へと入っていく。深く入っていけば入る程に、俺の体の傷は埋まり、生え、減っていく。


その間に、俺は考え始めた。


正直ここまで被害が拡大する為には、あの女が相当な数の【T】を取り込んだ、あるいは暴走させるようなファクターと出会った。俺との出会いがファクターになった場合、その場で『執醜』してもおかしくはない。だいたいの【T】は、俺らを見たら逃げる。しかし、奴らはこんな風に公然と戦おうとはしない。


そうやって考えを巡らせていくうちに、俺の体は元通り回復し、刺した棒切れは消えて無くなっていた。


どうやってこの騒ぎの主導者を叩こうと考えていたちょうどその時、複数の車が頭上を通って飛んで行った。どうやら主は全く動いていない、それどころかご丁寧に方角を示してくれている。


「今すぐ会いに行ってやるぞ、『執醜者』」

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