呼び出し
あれから一ヶ月の間、江戸城の連中は私を放置した。
そして今日いきなり朝の日課である林の散策を楽しんでいたところに、堀田殿がやって来て、本日の午後からお見合い相手たちとの顔合わせがあるからと私を駕籠に押し込んだ。
宿舎には鍵をかけているし、貴重な荷物は土の中や屋根裏に隠しているのでその点は問題ないのだが・・・
「あの寺は水戸様ゆかりの寺だったのですが、大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
あのね現在進行形で更に不快な思いをしているよ。
急いでいるのか駕籠の速度は速く揺れる揺れる。
私は嫌悪感と必死に戦っていた。
朝食前でよかった・・・
絶対に江戸城で責任者からの謝罪を要求しよう。
私はまた同じ部屋で待たされている。
今は探検のためのいつもの格好なので騎乗服である。
お見合いに騎乗服って有りかな?
「ああ、もうどうとでもなれ」
乗り物酔いから未だ回復していない私は椅子にもたれながら呟いた。
今までの私に対する扱いを考えると、もしかして倭国での女性の待遇はかなり低いのではないだろうか。
祖国では男女差は確かにあるがそこまで酷いことはなかったので、そのことは全く考えずに来てしまったが、これは失敗だったかもしれない。
しかし小笠原様は紳士的だったし全員が男尊女卑であるとは考えたくない。
まあ午後になったら分かるか・・・
ところで今日も茶菓子はないのね。
乗り物酔いが少し収まってきた頃、年配の女中がやって来た。
「ルーラリー様、私が会場までご案内させていただきます。どうぞこちらへ」
彼女は私の姿を見て一瞬だけ怪訝な顔をしたがすぐさまそれを引っ込めて無表情に戻った。
あなたは知らないかもしれないけれど騎乗服で来る羽目になったのはそちら側のせいだ。
まあ私は外国人だから”これが祖国では普通だ”と言い張れば何でもありである。
いや、今後交流が増えれば後の人たちが困るからそれは止めておくか。
それよりも今はこの現状を説明してもらおう。
「お待ちになって、わたくしはお見合い相手たちと顔合わせがあると聞かされただけです。このような場合は倭国ではどのような作法や決まり事があるのかわたくしは存じません。ですからそれらが分かる方をまずは呼んできていただけますか」
流石に訳の分からないまま連れて行かれて恥をかくのは御免被る。
「分かりました。では会場にご案内した後で上司にその旨をお伝え致します」
おい、それじゃ意味ないだろう。
「あなたは夕食を食べた後に夕食の献立を知りたいと思いますか」
よし、上手いこと言った。
「申し訳ございません。ご要望は理解出来るのですが、私が命じられたのはルーラリー様を会場にご案内することだけです。上役の命令を無視して勝手な行動を取れば私は罰せられてしまいます。平にご容赦下さい」
「分かりました、会場に案内して下さい」
私は立ち上がり女中に行動を促した。
私のせいで誰かが叱責されるのは気分がよくない。
まあ何とかなるさ。