ここが宿泊場所?
茶屋を後にした私たちは、日がとっぷり暮れた頃にようやく宿泊場所に到着した。
そこには月明かりに照らされた立派な門があり、内部には五重塔や大小様々な建物が建ち並んでいた。
流石一国の王女をもてなすために選ばれただけはある。
やけに江戸城から遠いことが不満ではあるが素晴らしい宿だ。
特に門の両側に鎮座している仁王像って・・・ここ寺じゃん。
まあ祖国の国教は多神教で他の宗教にも寛容だから、よその神殿に泊まるだけなら別に問題ない。
それにこの寺は貴人が宿泊するための由緒ある場所かもしれない。
「堀田殿、早く部屋に案内してくれないかしら」
彼には遠回しに言ったら何も通じない。
私は後ろで立ったまま動こうとしない彼を促した。
「申し訳ございません。ここは尼寺で女性しか住んでおりません。そのため我らは夜この門より奥に入ることが出来ません。お許しください」
案内役が案内を放棄してどうするのよ。
ここ、キレるところだよね。
「ではわたくしに部屋を自分で探せとでも仰るのかしら。これが倭国での一般的な賓客に対する扱いですの。祖国とは随分と違うのですね」
「いえ、そのようなことは」
「では、早く部屋まで案内しなさい」
その後、堀田殿は大声で”誰かある”と叫び、それに気づいた尼が住職をつれて来たことにより一応の解決をみた。
「ようこそおいで下さりました。私はこの寺の住職で三羽と申します。長旅でお疲れでしょう」
彼女は満面の笑みで歓迎の言葉を口にした。
うさんくさい、それが住職の第一印象だった。
その時なぜそう思ったのかは分からないが、とにかく好意的な感情は芽生えなかった。
「それでは、後はこの者が案内致します」
住職に紹介された尼に案内されて私は寺の奥へと進んだ。
堀田殿は来客用の宿舎があり、今日はそこで泊まるそうだ。
私のために用意された部屋は八畳程度の小部屋で私の荷物がうずたかく積み上げられていた。
これ、地震が起きたら大惨事ね。
そう思ったのもつかの間、私の興味は運ばれてきた食事に移った。
「火を落としているので大したものはご用意できませんが」
豆腐と梅干しだった。
惜しい、白米と梅干しなら満点なのだが・・・
船での生活が長かったためか食事や待遇についての基準が大分下がっているような気がする。
眠いから今日のところはこれでよいことにしよう。
明日の朝食に期待だ。
食事を終えて、荷物から毛布や寝間着を取り出し、着替えて寝ようとしたところで食事の膳を下げに行っていた尼が戻ってきた。
「私は寝ますのであなたは下がってかまいません」
火を落としたという理由でろくな食事も用意できないくらいだから湯浴みのためのお湯を用意することも出来ないだろう。
もう極限まで眠く、すべてを明日にすることにしたので彼女に用はない。
「あの、下がるとはどういう意味ですか?」
あれ、この表現は倭国語には無いの。
日本語と倭国語はほとんど同じだが全く同じではないためたまに認識に齟齬が出る。
「もう用事は無いのであなたも自分の部屋に帰ってかまわない、と言う意味です」
私の言葉に彼女は頬に手を当てて小首を傾げる。
「私はあなたと相部屋ですから、ここが私の部屋ですけど?」
「相部屋?それは側仕えやお世話係みたいなものかしら?」
「住職様に慣れない間はお世話するようにとは言われましたけど」
ああもういい、すべては明日にしよう。
毛布を被って瞳を閉じると、一瞬で夢の世界に旅立った。