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倭国

「ありがとう存じます」

私は用意された麦の粥を見ながらお礼を述べた。

小笠原様は味は塩味だけだが航海中の貴重な水と燃料を消費して、私のためだけにわざわざ食べやすい食事を用意してくれている。

「それは言わない約束ですよ。それに病は気からと申します。我らにとってルー様は祖国を救って下さる大切なお方、遠慮などなさらないで下さい」

小笠原様がまるで私に気があるかのように笑いかけてくるが、彼はおそらく接待要員だ。

その能力は私が気を落とせば男でも苦労する船での生活に文句一つ言わないことを持ち上げ、退屈そうにすれば寿司や天ぷらなどの食べ物の話で気を紛らわせてくれる。

私の興味が八割は食べ物に偏っている事は彼に二日で掌握されてしまった。

ちなみに残りの二割は飲み物である。

これが恋愛未経験者の小娘なら簡単に恋に落ちてしまうかもしれないが、優しくされる理由を知っている私には通用しない。

彼らにとって今回の同盟で手に入れた大砲は、悪化しつつあるモンゴーヌとの戦いを好転させる力を持っているらしい。

同盟の象徴である私が機嫌を悪くして、祖国に帰るなどと言い出したら大変だ。

丁重に扱うのも当然だろう。

途中でモンゴーヌの制海権を避けるために大きく迂回したために数日の遅れが出たが、もうすぐ江戸に到着する。

もうあの激マズの酔い止め薬の原液を飲まなくてよいかと思うと涙が出てきそうだ。

二度と船なんて乗るもんか。




『日本よ私は帰ってきた!』

倭国の土を踏んだ私は感動に打ち震えている。

ちなみに倭国語で叫ぶと変な人と思われるので母国語で叫んだ。

周囲に居た者たちが両手を広げて急に叫んだ私を驚きの表情で見る。

だが小笠原様は私の奇行になれてしまったので、完璧にスルーして迎えの使者と話をしていた。

彼との船旅はここまでだ。

後は用意された駕籠にのって江戸城まで向かう。

私の結婚相手の候補者ってどんな人たちかな?

今まですっかりとそのことは忘れていたのだが、流石に少しだけ気になった。

領地に大きな港を持っている人が良いな。

これは結婚の第一条件だ。

内陸の土地の人だと魚も塩漬けがほとんどだろうし、他の食品も手に入れるのが困難だろう。

私はまだ見ぬ結婚相手の治める土地に思いをはせる。

え、顔?流石にうら若い乙女の結婚相手に豚やハゲを用意するはずもないので特に気にしてませんよ。

年齢もこの時代なら一回りくらい違うことも普通なので、その点も理解している。

私は寛容なのだ。

「ルーラリー様、これから江戸城までこの和田秀俊がご案内致します」

先ほどまで小笠原様と話していた男が私の前に歩み出て頭を下げた。

「よろしくお願いします」

ちなみにこの人は小役人っぽいので守備範囲外だ。

江戸城までの旅は快適だった。

意外と駕籠は揺れなかったので気分が悪くなることもなかった。

もしかしたら揺れないように気を遣ってくれたのかもしれないけれど。

私は大きな門を通り過ぎ、次の門で下ろされた。

「ありがとう」

私は駕籠の担ぎ手たちに声をかけたが彼らは頭を下げたままだった。

ここではそれが普通なのだろうから、気にせずに和田殿について行った。

「こちらのお部屋でしばらくお待ちください」

案内された部屋は畳の上に椅子とテーブルが置かれていた。

ありがたい、座布団に正座しろとか言われたら立ち上がるときしびれてこける自信がある。

私には前世でも今世でも正座スキルはない。

誰も椅子をひいてくれるような様子がないのでどの椅子に座るか迷ったが、入ってすぐ横に火鉢が置いてあったのでそれを背にして座った。

まあ火鉢と暖炉では意味が違うとは思うけれど、入り口から一番近かったしちょうど綺麗な床の間が正面に見える。

私が椅子に腰掛けると女中が少し震えながらお茶を入れて、脱兎のごとく去って行った。

西洋人って大きいから怖いのかもしれないけれど逃げたらダメだろう。

あと、和田なにがしとやらはいつの間にいなくなった?

どこかに行くなら挨拶くらいはするのが普通ではないのかしら。

それはさておき、ここで問題である。

これから誰に会うのだろう、それに倭国の礼儀作法なんて知らない。

しまった!小笠原様とは寿司、天ぷらなどの食べ物の話ばかりで、今後のことを全く確認していない。

案内も女中も客に何の説明もせずに放置するなよ。

ここは”ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン”みたいな感じで誤魔化すか。

私は色々と思考を巡らし、そして諦めた。

なるようになるさ。



結局この心配は杞憂に終わった。

なぜなら城の留守を預かっている水戸藩藩主が急病のため対面が延期になったからだ。

私はこのことを伝えに来た堀田殿の案内で宿へと向かうこととなった。

宿は江戸城の外なのでまた駕籠に乗った。

江戸の町は活気に満ちあふれており、そこかしこで色々な食べ物が売られている。

「堀田殿」

「はっ、ルーラリー様いかがなさいました」

「よい匂いがしますね」

これぞ婉曲表現を基本とする貴族御用達の言葉だ。

ようは”旨そうだから買ってこい”である。

「はい、このあたりは江戸の町でも食べ物の屋台が多い地区です」

「・・・」

なんと、この定番の言葉が通じないだと!

これがカルチャーギャップか。

ぐぬぬ、どうする。

躊躇している間によい匂いの場所からは遠ざかってしまった。

くすん・・・

私は悔しさのあまりハンカチを噛み頬を涙で濡らす幻視をしたが、いつまでも過去のことにとらわれている訳にはいかなかった。

「グルキュゥー」

先ほどの臭いで刺激された食欲と、昼食を食べていない現実とが合わさり私の体から欲望の音が響く。

日の傾き具合からして、お昼は過ぎているだろう。

先ほどのあれが通じなかったことを考えれば、次はもう少し直接的に伝える必要がある。

「堀田殿」

「はっ、ルーラリー様いかがなさいました」

ここまでの流れは先ほどと同じだ。

「後どれくらいで目的地に到着しますの。わたくし少し疲れてしまいました」

彼がこの言葉の真の意味に気づいたのか、それとも言葉通りに受け取ったのかは分からないが、私は茶屋でお茶と団子を手に入れた。

団子って原材料はお米の粉よね。

これが今世での初白米になるのかしら?

二本目の団子を食べながら答えを探す。

そして三本目の団子を食べ終えたとき、私の頭に稲妻が走った。

これは白米にあらず!

なぜなら白米と違い、団子は主菜である肉や魚を乗せても、副菜である漬物を乗せても、汁物である味噌汁をかけても旨いとは言いがたい。

まてよ、味噌汁に入れるのは有りか。

取り敢えず答えが出たことに満足した私は茶を飲み干してこう告げた。

「もう一皿お願いしますわ」

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