アーニャの恋
あれは誰?
侍女のアーニャが散策の時間になってもいつもの場所に来ないから探しに来たのだけれど、とんでもないものを見てしまった。
あのアーニャがまだあどけない感じの男性と笑顔でお話をしている。
アーニャは社交性も高いし男女を問わずお友達が多いのは知っていたけれどこれはどうも違う雰囲気だ。
私の第六感がそう告げている。
ふむふむ、アーニャの好みはショタだったのか。
物陰からこっそりのぞき見をして、ああだこうだと妄想して楽しんでいるとアーニャと恋人(予想)が名残惜しそうに分かれた。
私は駆け足でいつもの場所に戻って何食わぬ顔でアーニャを待ち受ける。
「あらアーニャ、遅かったわね。何か大切なご用でもあったのかしら?」
にやけている私の顔を見てアーニャはため息を落とした。
それから数日間、私は彼のことを調べた。
彼は名前を杉田信三郎と言い、紀州様のところに交渉に来ている尾張様配下の武将の部下だそうだ。
この交渉は先日終了したので明日には尾張へと帰ってしまう。
私は知らなかったが、彼は尾張からこの屋敷に来たその日に一目惚れしたアーニャへ求婚をして、それ以来逢瀬を重ねていたそうだ。
これは噂好きの女官を脅して手に入れた情報である。
どうやら屋敷の皆はアーニャに口止めされていたようだ。
「ねえアーニャ、あなたは杉田様に付いて尾張に行ってもいいのよ」
「私がルー様のおそばを離れることはありません」
なんてことなの、情報によると二人は両思いだ。
なのに私が足かせになってアーニャは杉田様への想いを諦めようとしている。
そんなことはさせない!
「ねえアーニャ、あの時の約束を覚えているかしら?」
「私、なにかお約束をしていましたか?」
「忘れたの、この国で再会した夜に、浴室で”今度何でも一つだけいうことを聞くので許してください”と言ったことを」
「確かに、そんなことを言ってしまいましたね。で、なにがお望みですか?面倒なことはできればご遠慮させてください」
私はのんきな顔をしているアーニャの顔を見つめる。
私のために大陸を越えてきてくれた大切な友人
あなたには幸せになって欲しいの・・・
「わたくしの元から去りなさい!そして杉田様と幸せになるのよ」
アーニャは私の言葉に複雑な表情をした後にため息をこぼした。
「それがルー様のお願いだというのであれば」
翌日アーニャは杉田様と尾張に旅立った。
去って行くアーニャを笑顔で見送り自室へ戻る。
もういいよね・・・
畳に止めどなく雨が降り注いだ。
半月後
「ルー様、朝ですよ」
「え、なんでいるの?杉田様はどうしたの?」
「ルー様に休暇をいただいたので、尾張にいる杉田様のご両親にご挨拶をしてから彼と一緒に帰ってきましたよ」
「え、でも杉田様って尾張様の配下なんじゃ・・・」
「当然、彼を小笠原様の配下の方に仕官させましたよ。それが彼の求婚を受ける条件でしたから」
つまり、最初からアーニャは彼を移籍させて結婚するつもりだったと・・・
恥ずかしいー!
私、自分で勝手に勘違いしていたのね。
「しかし、一度限りの命令権を私のためにお使い下さるなんて、ルー様はなんとお優しい方なのでしょう」
そう言って彼女は意味深に笑った。
あ、これ最初から気づいていたのね!
「あら、”わたくしの元から去りなさい”と言う命令を無視して帰ってきたのだからあれは無効ではないかしら。だったらもう一度命令できるはずよね」
命令は守られなかったのだから、まだあの時の約束は有効のはずだ。
私はアーニャに微笑みを返す。
「いえ、ルー様の元から半月も去り、そして杉田様と幸せになったので命令はすべて守られていますよ」
アーニャに口で勝とうと思ったのが間違いだった。
だが、こんなやり取りも嬉しい。
「そうね、ではお帰りなさいアーニャ、今後もよろしくね」




