旅立ち
翌朝、家族に見送られて私は王宮を後にした。
港まで同行するのは馬に乗っている護衛が数名と御者、それと向かいに座っているアーニャだ。
「ルゥールァリー様、倭国へは本当に誰もお連れにならないのですか?」
私は随分頼りないと思われているのか、昨晩から家族や侍女たちから同じような問いかけをされる。
「わたくしは自分のことは一人で何でも出来るつもりです。心配には及びません」
生まれたときからうっすらと前世の記憶を認識していたせいか、侍女の手助けで着替えたり入浴したりするのが苦手で、出来ることはほとんど自分でやっていた。
まあ、色々なことに手を出すのが面白かったというのが大半の理由ではあるが。
特に料理や家庭菜園などは結構楽しかった。
「そうでございますか」
アーニャが心配をするような瞳でこちらを見る。
私は大丈夫という意味を込めて微笑んだ。
太陽が天頂を越えて西の空に傾きだした頃
「きぼじわるい・・・」
アーニャがさっとタライを私の前に差し出した。
うっ・・・!
この時代の馬車はクッション性が低いので揺れる。
私は運動は出来るが三半規管は弱いようだ。
今朝、一人で何でも出来るとのたまった私は、現在アーニャに介護されながら街道を進んでいる。
馬車に乗ることが少なく、乗ったとしても短時間か王都周辺のよく整備された道しか通ったことのない私は、自分がここまで乗り物に弱いということに気づいていなかった。
ぐぬぬ、だがこれも港に着くまでの辛抱でありその後は大型船で倭国までの優雅な船旅を・・・この時代の船って結構揺れるよね。
宿に着いたら酔い止めの薬を大量に用意してもらおう。
うっ・・・!
翌朝、朝食時に酔い止めの薬をアーニャが用意してくれた。
しかし、私はこの時代の薬をなめていた。
小さい頃から病気知らずだった私は、薬と呼ばれる物を一度も飲んだ事がない。
当然カプセルや固形の薬は無いので粉薬であろうと予想していた。
だがこれほどの物とは・・・
「ルゥールァリー様、お薬でございます」
そう言ってアーニャが差し出してきた液体を見る。
深い緑のような茶色のようなどろっとした液体を・・・
本当にこれを飲むの?
「ねえ、もう少し飲みやすいお薬はないのかしら?」
私は一縷の希望を抱いてアーニャを見た。
「ご安心下さい。苦みを抑えるためにハチミツを足しております」
「・・・」
私はこの薬の味を生涯忘れないだろう。
まあ味の話はともかく、ある意味効果は抜群だった。
私は馬車でアーニャに寄りかかったまま、ほとんどの時間を寝て過ごした。
彼女も寝ていたからお互い様である。
そして、この日のタライの出番は一度だけだった。
港に着いた私は倭国の使者に身振り手振りで船に乗り込むように促された。
先行した荷物を積んだ馬車は既に到着しており、積み込みは終わっているそうだ。
『この船に乗ればよいのかしら』
『は、え、はい!』
私の倭国語での問いに使者は驚いたような表情をして答えた。
船の甲板ではおそらく使節団の代表者と思われる侍が立っていた。
「ワタシ、ムネタカ、オガサワラ、ヨロシク、ルーラリーオウジョ、ハコブ」
侍は片言で私に挨拶をしてきた。
この語学力でよく同盟の交渉が成り立ったな?
『お初にお目にかかります。わたくしはハルデブランド王国の第一王女、ルゥールァリーと申します。以後よろしくお願い致します』
流ちょうな日本語で挨拶してお辞儀をする私を見て、小笠原様は驚きの顔をして私を見た。
『ルーラリー姫は倭国語がお分かりになるのですか?』
『はい、多少はおかしなところがあるかもしれませんが話せますし分かります』
私は船の上の方にある上等な部屋に案内された。
おそらくここが最上級の部屋だと思うのだけれど。
『ごめんなさい、わがままだとは思いますがどこでもよいので揺れない部屋はないかしら。ここに来る途中の馬車でも揺れると気分が悪くなってしまったの』
揺れの少ない船の下層は下級の者の部屋で汚れており空気もよどんでいるからと難色を示し、取り敢えずこの部屋で過ごしてみてダメならまた検討すると言うことで落ち着いた。
そうなると次に気になるのは夕食の献立である。
私は敢えてそのことについては聞かなかった。
お楽しみは後にとっておくものだ。
だが、私は船の食事というものを理解していなかった。
最初に積んであった食料は食べ尽くしてしまって、今は先ほどまでいた港で補給した食糧しかないそうだ。
つまり・・・
『質素な物で申し訳ございません』
用意されたのは黒パンと干し肉、そして味付けしていないので酸っぱいだけのザワークラウトだった。
畜生!!




