西洋の日本人
白米、それは至宝の食べ物である。
炊きたてのそれは白銀のごとく美しく柔らかい。
そしてその味の深みと組み合わせは無限である。
白米は主菜である肉や魚を乗せても、副菜である漬物を乗せても、汁物である味噌汁をかけても旨い。
そして邪道と言う者もいるが、主食であるはずの焼きそばを乗せても旨い。
白米、これこそがまさにこの世の至宝である。
ルゥールァリー・ハルデブランド
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私、第一王女ルゥールァリー・ハルデブランドは異世界日本からこのヨーロッパっぽい場所に転生した。重ねて言うがヨーロッパっぽいである。
転生というのはファンタジー小説の中ではありふれた話で、神から与えられた力や前世の先進的技術等により活躍したり婚約破棄されたりするのがお約束である。
だが残念なことに私にはそれらのパターンは適用されなかった。
まず私は神なるものには会っていない。
そして先進的技術も持ち合わせていない。
少しだけ例を挙げてみよう。
小説では領地経営の農業チートと呼ばれる分野がある。
その時代にない肥料や農法を取り入れ、食料の生産量や質を向上させるというものだ。
だが考えてみてほしい、世界にあふれる一般人がそんなに都合よい専門知識を知っているはずがない。
私だって窒素・リン酸・カリという言葉や輪裁式農法と言う言葉くらいは学校で習った。
だがそもそも窒素ってなんだ。
空気中に沢山あることくらいは知っている。
だがそれをどうするのだ。
両手でそれをかき集めれば良いのか、それとも袋に入れれば良いのか?
残念ながらそんなことをしても空気は隙間からこぼれてそこには何も残らない。
輪裁式農法は畑をいくつかに分けて色々な作物を栽培するのよね。
では何を植えたら良いの、その順番はどうするの、そもそもどうしてそれで収穫量が変わるの?
本質を知らない私では何も出来なかった。
料理チートなんかも試してみたけれど、調味料がそもそも高価でふんだんには使えない、さらにソースやマヨネーズ、めんつゆにコンソメといった既に加工されたものを利用できないこの世界では無理だった。
私は家庭でも簡単に作れると言われているマヨネーズの作り方すら知らない。
マヨネーズはスーパーで買う物であり、パッケージの裏に書いている原材料名すら見たことはない。
数多の転生者の皆様、わたくしのせいで転生者の平均を下げてしまい申し訳ない。
そんな感じで私は十六才になった。
あ、ちなみに婚約者がいないので婚約破棄の経験もないよ。
「ルゥールァリー様、国王陛下が急ぎ謁見の間にくるようにとのことです」
私が午後の日課である木の上でのお茶を楽しんでいると、下から侍女の声が聞こえた。
「わかりましたわ、すぐにまいります」
私ははしごを下りてお父様のところへ向かった。
謁見の間には私の他に未だ正式には婚約者の決まっていない妹たちも集められていた。
どうやらまたどこかの国から縁談が持ち込まれたのだろう。
「集まったようだな、急な話ではあるが我々五カ国連合同盟は東の遙か彼方、敵対するモンゴーヌを挟んで反対側に位置する倭国と同盟を結ぶことにした。そしてその象徴として其方たちの中から一人、倭国へ嫁いでもらう。結婚の相手は決まっておらず、現地で気に入った者を選べる。無論気に入った者がおらねばすぐに結婚せずゆっくりと探して決めてよい。希望者がおれば申し出よ。いなければワシが決める」
妹たちは遙か遠方の言葉さえ通じない国との婚姻を希望する様子はない。
ここは姉である私が嫁ぐべきだろう。
「お父様、第一王女ルゥールァリー・ハルデブランドにその役目、お任せ下さい。妹たちはまだ幼く、長の船旅には向いておりません。それに周辺国や国内の有力貴族から婚約の打診も来ていると聞いています。ここはわたくしが嫁ぐのが最良かと愚考いたします」
「「「お姉様」」」
妹たちから心配するような声がかかる。
そんなに心配しなくても大丈夫だ。
商人からの情報では倭国語は日本語とほぼ類似の言語だから意思疎通には問題ない。
「お姉様、あちらに行ったら木登りはお控えになって下さいね」
「そうですお姉様、厨房に忍び込んでお菓子をつまみ食いするのもほどほどにしませんと」
「猫かぶり必須」
どうやら妹たちが心配したのは私が思っていた内容とは違ったようだ。
「・・・」
事実だけに反論のしようがない。
倭国の使節団は帰国を急いでいるらしく、私の出発は翌日の朝に決まった。
実際には交渉に来た使節団とは別に、後から倭国に向かっても良いのだが、残念なことに船の性能が倭国と比べて大きく劣っており長期の外洋航海はまだ危険であった。
大航海時代や新大陸の発見などはまだまだ先になりそうである。
そんなわけで私は使節団に同行して倭国に向かうことになった。
今回の同盟で倭国は船舶の技術供与を、こちらは大砲の輸出を行うことになっている。
既に船舶の技師はこちらに来ており、大砲は四日後には積み込みが終わるらしい。
私は急いで倭国の服を仕立てるための採寸や荷物の整理等を行った。
すべてが終わったのは深夜である。
荷物は既に馬車に積んであり、倭国の服は職人が今夜中に縫い上げるそうだ。
出発の準備は整った。
自室に帰ってきた私はベッドにダイブして枕に顔を埋める。
「ビバ、白米!」
私は枕で声を殺しながら叫んだ。
米・味噌・醤油、そしてサンマの塩焼き!あ、レモンってあるのかな?
私の人生はバラ色だ!
ベッドの上で転げ回っていた私に侍女のアーニャから声がかかる。
「ルー様、明日の朝は早いので早くおやすみになって下さい」
げ、居たの・・・
アーニャの壁と同化する技術はパネェな。
「そうね、そうするわ」
確かに明日から強行軍で倭国の使節団が待っている港まで行かなければならない。
アーニャは手早く私のドレスを脱がすと寝間着に着替えさせた。
「ルー様は本当に誰もお連れにならないのですか?」
倭国へは誰も連れて行かない、それはもう決めたことだ。
「そうよ、倭国語が話せない者を連れていっても役に立たないもの」
本当は少し不安もあるけれど、遠く言葉も通じない国に護衛や侍女を連れて行きたくない。
私は言葉も通じるし白米さえ食べられれば幸福だから問題ないが、言葉も通じない、更に髪も目も肌の色すらも違う国、私には連れて行った者たちの将来について責任を持つ自信がない。
私は彼らのためではなく、自分の心の平穏のために連れて行かないのだ。
「そうですか、わかりました。それではおやすみなさいませ」
アーニャは私に一礼してから部屋を出て行った。
今までありがとう。
私は心の中でお礼を述べた。