西田教授
「お疲れーっす」
研究室への入室と同時に、誰に言うわけでもない形だけの挨拶を行う。と言っても、この時間は先輩達全員が講義中なため誰もいないのだが、分かっていながら習慣漬けも兼ねて儀式的にするようにしている。もしかしたら休講で誰かがいるかもしれないというイレギュラーも想定して、だ。
「おーう、お疲れさん」
イレギュラー発生。ボサボサの髪に白衣を着た眼鏡の女性、先輩達とは別の人間がソファーにふんぞり返ってタバコを吸っていた。
彼女は西田 真琴。この大学の教授で、研究室の担当教授である。つまりはここの部屋主、首領だ。
見た目に違わぬ横暴さで、我が道をタクシー(無賃)で行く性格だ。
「ちょっ、喫煙所で吸わないとまずいですよ!」
「大丈夫だ、煙探知機ならカバー被せてるから誤作動はしない」
「それ本番でも動作しなくなるやつでしょ!?」
「燃えたら燃えたでいいんだよ自宅じゃねーし。こいつ以前タバコに反応しやがってクッソ腹立つんだよ」
誤作動しないように、タバコ程度の煙なら狭い室内で複数人で喫煙するとかしなければ反応しないはずなんだけど。一人でどれだけ吸ってたんだ。
「ところで、冷蔵庫のコーヒーが無いんだが」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「……」
「……」
「……」
「喜んで!買いに行って参ります!」
「無糖だぞ」
全力でパシリに使わされる俺。
そもそも、この研究室配属となったのも、西田教授の講義を受講した際にパソコン機材などの荷物運びを手伝ったのが原因なのだ。最初は「ありがとう」「助かる」などを声をかけてくれたのだが四度目となると「ん」と言いながら顎で荷物を指したり、五度目には「早くしろ」と完全にコキ使うのが当たり前となっていた。
最終的に「お前、うちの研究室配属確定な。断ったら試験でカンニングしたことにして今期の単位全部剥奪する」と職権乱用により、便利屋として無事仮配属してしまったのだ。
そんな苦い思い出を振り返ってる間に売店で段ボールごとコーヒーを買ってきた。
「うむ、ご苦労。何本か適当に冷やしといて」
「はいはい……教授、今日はどうしたんです?」
「どうしたって、ここは私の城だぞ。いるのが当たり前だろうが」
「普段あんまり見なかったので、珍しいなーと」
教授といっても、毎時間毎時間講義があるわけでもないだろう。他の研究室だと空き時間には教授が戻って何やら作業をしているのをよく見かけるが、西田教授についてはあまり研究室に来ることはなかった。
「ここら辺電波の通りが悪くてな、ソシャゲの通信が長すぎてキレそうだから普段は食堂にいたんだよ。でもあそこ禁煙だからそっちでキレそうになって意を決して無線LAN買ったからここにいるんだ」
やる気無ぇ!ご飯の時間でもないのにたまーに水だけ持って座ってるのを見たことがあったけどそういうことだったのか。店員さんが引きつった笑いで見てたのを覚えてる。
「この時間、小斉平達はいないのか?」
「先輩達は全員講義中で俺しかいないですよ」
「チッ、共闘して素材集めしたかったんだが……秋山、代わりにやれ」
「俺、そのゲームやってないですよ」
「非国民かよ。じゃあ招待送るからLINE教えろ。招待ボーナス貰えるからチュートリアルまではやれよ」
従うこと前提で話を進める教授だが、逆らう気も無い俺はポチポチと画面をタッチして先輩達が来るまでゲームを遊んでた。
意外とハマったのはここだけの話。